表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/297

第2話 桃花と咲耶、見知らぬ部屋で目覚める

 咲耶が重い(まぶた)を開くと、見覚えのない高い天井(てんじょう)が、目に飛び込んで来た。


「どこだここはッ!?」


 ギョッとして飛び起きる。

 すると、自分の体に、薄手の布が掛けられていることに気付いた。

 妙に(さわ)り心地の良い、光沢(こうたく)のある布地だ。たぶん、(シルク)だろう。

 こんなに上質な肌掛(はだか)布団(ぶとん)は、咲耶の家では使用していない。それを()まえた上で、改めて寝かされていたベッドを確認してみると、こちらも、かなり高級そうだった。



(……とすると、やはりここは、秋月家の別荘か。……だが、着いて早々、ベッドに横たえられているということは……ここに来るまでの間、私は、眠ってしまっていたということか?……クッ――! だとしたら大失態(だいしったい)だな。こうも易々(やすやす)と、敵に無防備(むぼうび)な姿をさらしてしまうとは。別荘にいる間、秋月が桃花に不埒(ふらち)真似(まね)をしないよう、見張っていなければいけない立場だというのに、私としたことが……!)



 そこまで考え、咲耶はハッとした。

 自分が眠ってしまっていた間、桃花はどうしていたのだろう?


 慌てて辺りを見回すと、隣のベッドに、やはり横たえられている、桃花の姿を発見した。


「桃花っ!?――おいっ、桃花! 大丈夫か? しっかりしろっ!!」


 素早くベッドから下り、飛びつくようにして、桃花の肩を揺さぶる。


「ん……んぅ……?……あ、咲耶ちゃん……」


 うっすらと瞼を開き、咲耶に目を()めた桃花は、花が開くかのように、ふわぁっと微笑んだ。

 天使のごとき笑顔に、咲耶は胸をズギュンと撃ち抜かれ……気が付くと、発作的に抱きついて、(ほお)ずりしまくっていた。


「桃花っ!! あぁあっ、桃花桃花桃花ぁっ!! おまえはホンっ……っっトに、憎いくらい可愛いなぁっ! くぅ~~~ッ! このこのこのこのぉ~~~っ!!」

「ひゃっ?――さ、咲耶ちゃ…っ? ちょ、ちょっと待っ――」


 目覚めたとたんの、激しい愛情攻撃に、桃花は目を白黒させている。

 思う存分頬ずりしまくった後、咲耶はハッと我に返り、たちまち顔を赤くして、桃花から体を離した。


「す――っ、すまん! 桃花のあまりの可愛さに、つい……!」

「……あ……アハハ……。だ、だいじょーぶ。ちょっと、驚いちゃっただけ」


 桃花は、曖昧(あいまい)な笑顔を浮かべたまま体を起こし、キョロキョロと周囲を(うかが)う。

 そして、知らない場所だとわかると、不安げに身をすくめた。


「え……っと……。ここって、どこなのかな? なんだか、綺麗(きれい)なホテルか、ペンションみたいなお部屋だけど……」

「ああ。私も桃花も、知らぬ間にここまで運ばれたらしいな。……確か、待ち合わせ場所に、仮面王子の家から迎えの車が来て、二人で乗り込んだんだよな? 中には仮面王子と、楠木もいて……楠木は、マヌケ顔でぐーすか眠りこけてて……」


 桃花は、『マヌケ顔は、あんまりなんじゃないかなぁ?』と思いながらも、あえて触れることはせず、素直にうなずくと。


「うん。それで秋月くんが、『今日のデートが、よほど楽しみだったんだろうね。昨夜は、全然寝付けなかったんだそうだ。乗って数分と経たないうちに、すっかり眠り込んでしまった』って――」

「ああ、そうだったな。それからあの野郎は、飲み物でもどうかと言って、ロゼ色の液体の入ったグラスを、私達の前にかざして……」

美味(おい)しそうだねって言って、咲耶ちゃんも私も、ゴクゴク飲んじゃったんだよね。それで……その後、なんだか無性に眠くなって来て……」

「ああ。それで気が付いたら、ここにいた――というわけだな」


 咲耶と桃花は考え込み、しばらくしてから、同時に顔を上げた。


「まさか――!」

「あの飲み物に、何か……?」


 二人が同じ結論に達した時だった。

 ドアを数回叩く音がし、外から声が聞こえて来た。


「伊吹さん、保科さん。もう目が覚めたかな?」

「――秋月っ!!」

「秋月くんっ?」


 咲耶は言うが早いか、声のした方へと近付き、勢いよくドアを開けた。


「秋月ぃっ!! 貴様、私達に薬を盛ったな!?」


 龍生を思い切り睨みつけて言い放つ咲耶に、龍生は少しも動揺(どうよう)することなく、落ち着いた声色で返す。


「薬?――いったい何のことかな? 結太も君も、おかしなことを言うね。どうして僕が、薬など盛らなければいけないんだ?」

「しらばっくれるな、この(くさ)外道(げどう)がッ!! 桃花も私も、おまえに勧められた飲み物を飲んだとたんに、眠くなったんだぞ!? おまえが睡眠薬か何かを仕込んだとしか、考えられないじゃないか!!」


 咲耶は龍生の服の襟元(えりもと)(つか)み、ギリギリと締め上げた。

 すると、桃花が後ろから寄って来て、咲耶の背中に抱きつき、


「やめて咲耶ちゃんっ! そうと決まったわけじゃないのに、乱暴なことしちゃダメだよっ。ちゃんと、秋月くんの話を聞こう?」


 今にも泣き出しそうな声で(うった)える。

 咲耶は、慌てて龍生の首元から手を離すと、抱きついている桃花の両手に、優しく手をそえた。


「わかった。わかったから、そんな泣きそうな声を出すな。……ほら。秋月からは手を離したぞ。だから泣くな、桃花」


 穏やかな咲耶の声を聞き、桃花はホッとして顔を上げる。

 瞳は(うる)んでいたが、泣いてはいなかった。


「ありがとう、咲耶ちゃん。……でも……えっと、あのね――? 咲耶ちゃんの気持ちもわかるけど、いきなり手を出すとかは、良くないと思うの」

「……ああ、そうだな。すまん。つい、カッとなってしまって……」


 ――このように、咲耶は桃花にとことん弱い。

 桃花の頼みであったなら、何でも受け入れてしまうのではないだろうか。


 そんな二人の様子を、側で眺めていた龍生の顔が、一瞬――ほんの一瞬だが、(かす)かに(ゆが)んだのを、隣にいた結太だけが気付いた。


「龍生? どーかしたのか?」

「――ん? どうかしたかって、何がだ?」


 結太の方に顔を向けた龍生は、もういつもの龍生だった。

 余裕の笑顔で、結太を見返している。


「……あ、いや……。何でもねーんなら、いーんだけど……」


 なんとも説明しがたい心持ちで、結太は口ごもった。

 龍生は薄く笑み、『変な奴だな』とつぶやくと、今度は、桃花と咲耶に向き直り、普段の〝王子様スマイル〟を(たた)えて訊ねる。


「薬を盛ったとか盛られたとか、そんな物騒な話はやめて、下で昼食でもいかがですか、お姫様方? 女中頭(じょちゅうがしら)宝神(ほうじん)が、一足先にここに来て、君達をおもてなしする準備をしていたんだ。今頃テーブルの上は、たくさんの料理で()()くされているはずだよ」

「何ッ!? たくさんの料理だとッ!?」


 興奮気味の咲耶の声がしたのと同時に、誰かの腹の虫が鳴った。

 きょとんとする龍生、結太、桃花だったが――……一人だけ、恥ずかしそうに顔を赤らめている人間がいた。


「……すまん。私だ」


 珍しく、うつむきながら()びる咲耶に、一同がどっと笑う。


「し、仕方なかろう!? これは自然現象だ!! 不可抗力(ふかこうりょく)なんだからな!!」


  咲耶は言い訳しつつ、悔しげに顔を赤らめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ