第10話 咲耶、金髪碧眼転校生に疑問をぶつける
「――で? 結局何なんだ? イーリスは、楠木のことが好きなのか? 一目惚れってヤツだったのか? だからわざわざ、超名門お嬢様学校から、こっちの学校に移って来たのか?」
改めて確認しておきたいという風に、咲耶はジトっとした目つきでイーリスを見つめ、直球の質問をぶつけて来た。
結太はギョッとして目を見開き、桃花は箸を持ったまま固まった。
先ほどイーリスは、『結太に会いたくて転校して来た』というのは、『少し大袈裟』だったことを認めた。
しかし、その後すぐ、『運命みたいなものを感じちゃった』という発言もしている。
本当のところ、結太に対する想いは、恋なのか。それとも、友情のようなものなのか。
それをハッキリさせてくれないと、桃花の恋を応援している(つもりの)咲耶としては落ち着かない。
イーリスは、握った拳を顎に当て、斜め上辺りを見上げて、う~んと唸る。
「そーねぇ……。自分でも、まだよくわからないのよね。好きであることには違いないけど……う~ん……」
しばし考え込んでから、イーリスはニコッと笑って答えた。
「友達以上、恋人未満――ってところかしら」
――友達以上――?
咲耶はチッと、舌打ちしたい気分だった。
曖昧な発言はせず、ハッキリと『友情』と言い切ってくれれば良いものを……!
ギリギリと奥歯を噛み締めつつ、軽くイーリスを睨む。
すると、イーリスは『あ』と何かを思い出したかのようにつぶやき、桃花を見つめた。
「ごめんなさいね、桃花。そういうことだから、もしかしたらアタシ……あなたのライバルになっちゃうかもしれないわ」
「……へっ!?」
「……えっ!?」
一拍置いてから、結太と桃花が同時に声を上げた。
二人は、ハッと顔を見合わせてから、慌てて、別の方を向く。
「桃花は、結太のことが好きなのよね? だからアタシ――」
「ふ――っ、ふざけるなッ!! 桃花が、楠木なんかを好きなわけないだろうッ!?」
イーリスの言葉尻に被せるように、咲耶が大声で否定する。
驚いたように目をぱちくりさせるイーリスに、『ん?』という風に首をかしげる龍生。
結太と桃花は、等しく驚いたように、咲耶へと視線を移した。
「もっ、桃花がす――っ、すすすす好きだなどと、どーして言えるッ!? まだ会ったばかりのイーリスに、何故、そんなことがわかるんだッ!?」
皆に注目されてしまった咲耶は、激しく動揺し、どもりながら疑問を口にする。
咲耶は、桃花とイーリスが、既に病院で出会っていることを知らないのだ。
だから、いきなり桃花の気持ちを言い当てられ、本人以上に驚き、慌ててしまったのだろう。
イーリスは数回瞬きし、小首をかしげながら。
「う~ん……。どーして、って言われても……。結太のお見舞いに来た桃花を、病院で見た時に、そんな気がしたの。勘……みたいなものかしら?」
咲耶をまっすぐ見つめる、ふたつの青い瞳。
その美しさに、咲耶は一瞬ドキリとした後、『……ん?』と眉間にしわを寄せた。
「『お見舞いに来た桃花を、病院で見た時』?……えっ? 桃花、イーリスのこと知ってたのかっ?」
驚く咲耶に、桃花は気まずそうにうつむき、か細い声で、『う……、うん』と返した。イーリスのことを、親友の咲耶にすら話していなかったことを、申し訳なく思ったのだろう。
……だが、彼女と再び会うことがあるなどと、考えてもいなかったのだ。
あの時、『友達になって』と言われはしたが、その場の〝ノリ〟のようなもので、本気ではないのだろうと、桃花は受け止めていた。
結太が入院している間だけの、友達。
それがイーリスだと思っていたのだ。
「……なんだ。二人は既に、知り合いだったのか」
気の抜けた声で、咲耶がポツリとつぶやいた。
「ご、ごめんね咲耶ちゃんっ? イーリスさんのこと、話してなくて。……でも、わたしもたった一度……ほんの短い間、話しただけだったから……」
申し訳なさそうにうつむく桃花に、咲耶も慌てて首を振る。
「いっ、いやっ!――べつに、イーリスのことを話してくれなかったと、桃花を責めているわけではないんだ! ただ……たった一度、ほんの少し会っただけのイーリスが、桃花の気持ちをわかっているかのように話すから……少し、ビックリして……」
「――あら。もしかして違った? 桃花は、結太のことが好き――ってわけじゃないの? アタシの勘違いだった?」
さも意外だとでも言うように、イーリスは二人に訊ねる。
桃花も咲耶も、結太の手前、『そうだ』とも『違う』とも言えず、ムググと詰まってしまった。
「いっ、いー加減にしろよイーリスっ! 二人とも、困ってんじゃねーか! 会ってすぐ、誰が誰のこと好きだとかどーとかって……ちょっと、失礼過ぎんじゃねーのかっ?」
イーリスは、基本〝良いヤツ〟だと、結太は思っている。
だが、物怖じしない性格のせいか、デリケートなことでも、疑問に思ったら、即、訊ねてしまうような……少々、空気の読めないところがあるようだ。
欧米人らしい性格――と言ったら、語弊があるかもしれないが、ストレートに自分の意見を言うことに慣れていない人間は、彼女に対し、〝圧〟を感じてしまうかもしれない。
それを心配した結太は、少しキツいかとも思ったが、彼女を叱ることにした。
偉そうに――と思われたなら、それでもいい。
とにかく、転校初日に、やや飛ばし過ぎているような気がする彼女を、止めなければと思ったのだ。
イーリスは、結太に『失礼過ぎ』と言われ、一瞬、シュンとしてしまったが、すぐに顔を上げ、
「ハッキリ言ってくれてありがとう、結太。――結太の言う通りだわ。会って間もない人に、いきなり、好きなのかどうとかって……失礼過ぎるわよね。ごめんなさい、桃花。咲耶も、ごめんなさいね」
微笑みつつ、素直に自分の非を認めて謝った。
二人は焦って首を振り、その後、双方許し合って、事なきを得たのだが……。
昼休みが終わりに近付き、午後の授業の準備をするため、龍生と咲耶が、二年三組の教室を出て行こうとした時。
咲耶だけがくるりと振り返り、自分の席に座っていた結太の元まで、素早く歩いて来ると、
「ちょっと顔を貸せ。話がある」
低い声で、そう耳打ちした。
ギョッとして、顔を上げた結太に、咲耶はクイッと、顔で廊下に出るよう促し、再び早足で、教室外へ向かった。