第7話 龍生、盗撮を命じた者の正体を従者に問う
龍生の予想は正解だったらしい。
盗撮を命じたのは父と母か、または、そのどちらかだろうと告げた後の様子が、明らかにおかしくなった。
鵲は、大きな体を丸めて頭を抱え、東雲は、膝の上で握り締めた拳を、ブルブルと震わせている。
(やはり、あの二人か。――いや、どちらか一方ということもあり得るが。……しかし、参ったな。あの二人に知られてしまったとすると、今年は年末だけでなく、夏にも帰って来てしまうかもしれない。別荘に行く日は、なるべく早くした方がよさそうだ。二人が帰って来てしまってからでは、行きにくくなってしまう)
そんなこと考えつつ、龍生が黙り込んでいると、ふいに、誰かに腕を掴まれた。
反射的に振り返った龍生の目に、不安げな表情で見上げる、咲耶の姿が映る。
「咲耶。……どうした?」
そっと頭に手を置くと、咲耶は顔を真っ赤に染めて、龍生の腕にギュッとしがみついて来た。
「い……今、鵲さんと東雲さんに隠し撮りを命じたのは、『父と母』……って、言ってなかったか? 言ってたよな?」
「あ、ああ……言ったが。それが、どうかしたのか?」
咲耶は、腕にしがみついたまま顔を上げ、
「どうかしたか、って――! ご両親に、盗撮映像を見られてしまうかもしれないってことだろう!? そんなの、絶対困るじゃないかっ! あ、あんなところを……秋月のご両親がご覧になられたら、不快に思うに決まっている!」
泣きそうな顔で、そう訴えて来た。
龍生は両目を瞬き、首をかしげる。
「不快? 不快って……俺の両親が? あの時の映像を観たら、どうして、両親が不快に思うんだ?」
「どうしてって、決まっているじゃないか!! 自分の息子が、全然知らない女とキ――っ、……キ、キ……キ、キ、キスっ……してたら、嫌な気持ちになるっ……だろ、う……?」
咲耶は顔ばかりでなく、首筋までも、見る見るうちに赤く染め上げて行く。
恥ずかしさのためか、腕にしがみつく力が強まり……彼女の豊満な胸が、むぎゅむぎゅと押し付けられる。
(う――っ!)
咲耶にその気がないのは、百も承知だ。
しかし、無防備な誘惑を嫌でも意識させられてしまい、龍生は一瞬、理性が飛びそうになった。
ゴクリと、唾を飲み込む。
無意識に上げられた左手が、咲耶の肩へと、ゆっくり伸びて行く。
その間にも、まだ経験したことのないあれこれを、咲耶としている妄想が駆け巡り、龍生の心拍数は急激に高まって行った。
「……坊ちゃん?」
怪訝そうな東雲の声で、我に返る。
龍生は慌てて左手を引っ込め、その場を取り繕うように、数回咳払いした。
「なんだ、東雲? 何か言いたいことでもあるのか?」
「……へ?……あ、いえ。……特に、そういうわけでは……」
龍生が、片手をふらふらと伸ばしている時は、どうしたのだろうと思い、つい声を掛けてしまったが、バツが悪そうにしている様子に気付き、東雲は素早く理解した。
(あー……、なるほど。スタイル抜群の保科様に、あんだけ胸を押し付けられちゃーなぁ。いくら坊ちゃんでも、ふらふらっとなっちまうよなぁ。……けど、あの保科様のことだ。自分がどんだけ罪なことをしてるかなんざ、気付いてもいねーんだろーなぁ。……ああ、おいたわしや坊ちゃん……)
東雲に、まるで同情しているような、ウルっとした目で見つめられ、龍生はますます気まずくなった。
僅かに頬を赤らめ、片手で口元を覆うと、東雲から目をそらす。
……危なかった。
もう少しで、従者の前で醜態を晒すところだった。
それにしても――……。
桃花にしがみつかれていた時の結太も、同じような気分に陥っていたのだろうかと、龍生は、結太の見舞いに行った日のことを思い出していた。
「――と、ともかく、おまえ達が父か母か、または、二人から命じられたのはわかった。あの二人が相手では、おまえ達も、断り辛かっただろうということもな。……だが、たとえ二人からの命であろうと、俺達の映像を、勝手にあの人達に送り付けられるのは、許容出来ない。咲耶も嫌がっている。あの二人には、俺から説明しておくから、今すぐ、ここで消去しろ」
龍生の言葉に、鵲と東雲は、互いの顔を見合わせてから、大きく首を横に振った。
「俺達、まだ撮ってませんよ?」
「撮り始めようとしたとたんに、坊ちゃんに見つかっちまったのがわかって、すぐ、スマホは仕舞いましたし」
「何っ?――本当か?」
驚いて訊ねる龍生に、彼らは無言でうなずく。
「それに……この際ですから白状しちまいますけど、俺達に盗撮を命じたのは、龍臣様でも京花様でもありません。赤城さんです」
龍生の目を見て、東雲はキッパリと言った。
意外な名前が出て来て、思わず目を見開く。
「赤城が?……とすると、やはり……お祖父様に命じられたと言うことか?」
龍之助以外の命令に従う赤城など、想像出来ない。
だが、東雲は静かに首を振った。
「いえ。龍之助様ではありません。ただ……」
しばし言いよどんでから、思い切ったように顔を上げる。
「お命じになられたのは、京花様とお聞きしました」
これもまた、意外な答えだった。
何かを命じられるほど、母が赤城と親しいとは、思えなかったのだ。
「母が? 母が何故、赤城に?」
「さあ……? そこまでは、俺――いや、私にはわかり兼ねますが……」
困ったように首をかしげる東雲を見て、龍生も思い直した。
自分にも、二人の繋がりがどういうところから来るものなのか、見当もつかないのだ。東雲にわかるわけがない。
「そうか、わかった。そのことについては、俺の方から、後で赤城に確認しておこう。――二人とも、下がっていいぞ」
二人は、ホッとしたように表情を和らげ、一礼してから部屋を出て行った。
龍生は一人、母親と赤城がどこで繋がるのかを、考えていたのだが……。
「秋月……? どうしたんだ、黙り込んで? 赤城さんに命じたのが、秋月のお母さんじゃ……何か、マズいことでもあるのか?」
心配そうな声にハッとなって、咲耶に目をやる。
彼女はまだ、龍生の腕に、ギュッとしがみついていた。
再び、ドクンと心臓が跳ね上がるのを感じた龍生は、そっと咲耶の肩に手を乗せると、
「……いや。べつに、マズいことなどないよ。ただ、二人が話しているところなどは、あまり見た記憶がなかったものだから……少しね、妙な気がしたんだ。それより、咲耶――?」
困ったような笑みを浮かべ、小首をかしげる。
咲耶はきょとんとした顔で、龍生をじっと見返し、『うん? なんだ?』と問い返して来た。
「さっきからずっと、俺の腕にしがみついているが……。これは、君からの誘惑だと――そう解釈していいのか?」
「……は?……ゆーわく……?」
訊ねられたことが、すぐには理解出来なかったらしい。
咲耶は数秒、ポカンとした顔で龍生を見つめた後、ハッと息を呑んで、視線を落とした。
そして、自分が今、何をしている状態なのかを改めて理解すると、たちまち全身を紅色に染め上げ、
「そ――っ、そんなワケあるかぁあああああーーーーーーーッ!!」
声を限りに叫んだかと思うと、思いきり龍生を突き飛ばした。