第4話 咲耶、結太とのことを桃花に訊ねるか迷う
桃花と共に、自宅へと続く道をゆっくりと歩きながら、咲耶は、どうやって話を切り出そうかと、頭を悩ませていた。
話というのは、もちろん、〝屋上で、結太とどんな話をしたのか〟だ。
屋上から戻って来た後、桃花は終始笑顔だった。
まるで、長年苦しめられていた悩みから、ようやく解放されたかのように、晴れ晴れとした顔をしていた。
だからこそ、咲耶は『ああ……。楠木と上手く行ったんだな』と、ホッとするような、寂しいような、複雑な心境になってしまったのだ。
しかし、確かめようにも、
「楠木に告白されたのか?」
などと、ストレートに訊ねる勇気はなかった。
他のことについてだったら、もっと気楽に訊けていたと思うのだが、恋愛に関することとなると、話は別だ。
人の感情の、とりわけデリケートな部分に触れる事柄でもある。親友と言えども、無神経に訊ねることはためらわれた。
(……だが、二人が付き合うことになったんだったら、登下校は共に――というのが、自然な流れのような気もするしな……。桃花と楠木の通学方法は、普段は電車と自転車で、行き帰りを共にするのは難しいが……それでも、駅で待ち合わせるなりして、高校までの通学路を共に歩く――くらいのことは出来るだろう。しかし、桃花の性格上、自分から言い出すことは出来ないかもしれん。――とするとやはり、私の方から切り出してやった方が、親切ってものなんだろうか?……うぅ……。だが私だって、まだまだ桃花と共に通学したいし……。うぅ~ん、私はどーしたらいーんだぁあーーーーーッ!?)
思わず頭を掻きむしりたくなったが、そんなことをしたら、桃花をギョッとさせてしまう。既のところで堪えると、咲耶はピタリと足を止め、
「も――っ、も、桃花っ!……った、訊ねたいことがあるんだがっ?」
桃花に顔を向けて切り出した。
桃花もピタッと立ち止まると、ニコニコ顔で咲耶を見上げる。
「うん?――いいよ。何が訊きたいの?」
「あ――、ああ……。ええと、その……」
咲耶はしばらくの間、ソワソワと落ち着かない様子で、視線をあちこちさまよわせていた。
どう訊けばいいのかと、迷っていたからだが、ふいに、桃花をまっすぐ見つめ、
「くっ、楠木とは、屋上で、どんな話をしていたんだ?」
結局、『告白』という言葉は避け、無難な質問をした。
桃花は『ああ』と言ってから、クスリと笑い、
「うん。実はね……わたし、楠木くんについて、ずっと勘違いしてたことがあって……って、あ――。そー言えば咲耶ちゃんも、秋月くんから聞いて、知ってるんだよね? わたしの勘違い」
「え――?……あ、ああ。そーだな。そーだった」
咲耶がうなずくと、桃花は再び、クスクスと笑った。
「楠木くんもね、勘違いされてるなーって、わかってたらしいんだけど、なかなか言い出せなかったんだって。そのことの説明をね、してくれたの」
「……へ、へー。……そーなのか」
「うん。……でも、何だかホッとしちゃった。楠木くんが、ホントに秋月くんのことを好きだったとしたら、わたし一生……たぶん、気持ちを伝えられずに終わるんだって、思ってたから。……でも、勘違いだってわかってよかった。これでもう、わたしさえ勇気を出せば、いつでも告白出来るんだもの」
晴れやかに微笑む桃花に、咲耶もつられて笑顔になる。
「ああ、そーだな。桃花さえ勇気を出せば、いつでも告白出来――っ」
(………………んん?)
そこで『おや?』と首をかしげる。
何故、桃花が『告白』しなければならないのだ?
結太は今日、告白するつもりで、屋上に呼び出したのではないのか?
「え、えと……桃花? 楠木に、楠木が好きなのは秋月じゃない――って、言われたんだよな?」
「うん」
「言われて、それで……誰に告白するつもりで、〝告白の練習〟をしていたのか……の説明も、されたんだよ……な?」
「うん…………えっ?」
思わず『うん』と言ってしまってから、桃花は蒼ざめた。
そう言えば、
『あの時オレは、龍生に告白してたワケじゃねーんだ!! 告白の練習台に、なってもらってただけなんだ!!』
――とは言われたが、誰に告白するつもりで練習していたのか……までは、聞いていなかった。
(……そっか……。練習してたってことは、当然……好きな人が、いて……。それが秋月くんじゃないって、わかっただけなんだ。他に好きな人がいる……ってことは、変わらない事実なんだ)
それを理解したとたん、先ほどまでの晴れ晴れとした気持ちが、一気にどしゃ降り状態になる。
結太の好きな人が、龍生ではないということがわかっただけで、舞い上がってしまい……それから先の、『誰に告白するために、龍生に練習台になってもらっていたのか?』という問題にまでは、思い至っていなかった。
(……ヤダ。バカみたい、わたし……。楠木くんには、ちゃんと他に、好きな人がいる――ってことが、わかっただけなのに……。一人で舞い上がって……。ホントに、バカみたい……)
急激な桃花の落ち込みようを見て、再び誤解してしまっていることに気付き、咲耶は焦った。
焦るあまり、いっそ自分の口から、『楠木が好きなのは桃花だ!』と伝えてしまおうかとも思ったが……。
告白の言葉は、やはり、本人の口から聞きたいのではないか?
――そう考えると、どうしても、伝えることが出来なかった。
(クッソーッ、何やってるんだよ楠木の奴ぅうううううッ!! 誤解を解いて、桃花に告白するんじゃなかったのかよぉおおおおッ!? どーしてまだ、桃花に気持ち伝えてないんだっ、あのトーヘンボクがぁああああああッ!!)
咲耶は苛立ちつつ、週が明けたら、即、結太に文句を言ってやろうと、心に決めていた。
そして、それと同じ頃。
結太の背筋に、突然悪寒が走り、彼は、キョロキョロと辺りを見回した。
何故だかわからないが、誰かに見られている気がしたのだ。
当然、誰かがいるはずもなく――。
得体の知れない不安だけが残り、結太は、自分の体をギュッと抱き締めた。