第2話 龍生、車中で腕を組みつつ結太を待つ
校門前の定位置に停まっている車の中で、龍生は、腕と足を組みながら、結太が来るのを待っていた。
少し前に、桃花が笑顔を浮かべて、咲耶と帰って行く姿は確認している。
結太と話した後、笑顔で帰路に就いたということは、結太の告白は上手く行った――と考えて、まず間違いないだろう。
もし、告白を断ったのだとしたら、桃花の性格上、笑ってなどいられまい。かなり落ち込んでいるはずだ。
笑顔で帰って行ったということが、何より、告白の成功を物語っているようなものだった。
(さて。結太はどんな顔をして現れることやら。浮かれまくっているだろうから、だらしない、ニヤけた顔をしているかもしれないな)
そんなことを考えていたら、思わず笑みがこぼれた。
きっと、普段の仏頂面からは想像出来ないくらい、緩み切った顔で、車に乗り込んで来るに違いない。
「龍生様。随分とご機嫌なご様子ですね。学校で、何かおありになりましたか?」
珍しく、ポーカーフェイスが崩れるところを見られていたのだろう。安田が声を掛けて来た。
龍生は『いや。特に、何かあったわけではないが』と前置きしてから、
「あえて言うなら、結太がとうとう、告白に踏み切ったらしい。その相手が少し前、笑いながら、咲耶と帰って行くのが見えた。あの様子だと、きっと成功したんだろう――と思ったら、なんだか、おかしくなってしまってな」
「――左様でございましたか。では、結太様と伊吹様は、晴れて恋人同士になられたのですね? それはようございました」
安田としても、二人の恋の行方が気になっていたので、素直にめでたく思った。
龍生も、微笑しながらうなずき、
「結太の脚も、ほとんど治ったと言える状態らしいしな。もしかしたら、来週から、二人で登下校することになるのかもしれない。だとすると……咲耶は寂しがるだろうな」
本当は、今日も、龍生と帰るか、桃花を待ってから二人で帰るか、ギリギリまで悩んでいたのだ。
しかし、結局は、
「まだ、そうと決まったわけではないが……来週からは、桃花と一緒に、帰れなくなってしまうのかもしれん。だから……すまん、秋月。今日は、桃花と帰ることにする」
そう言って、屋上から桃花が戻って来るのを、教室で待っていたのだ。
「何をおっしゃいます。保科様には、龍生様がいらっしゃるではありませんか」
龍生に気を遣ってか、安田の声が穏やかに響く。
龍生はフッと笑って、
「……だといいが。恋人と親友とでは、必要とするところが、また違っているらしいしな。どんなに俺が、咲耶のことを深く想っていようとも……親友と共にいられる機会が減る寂しさは、埋められるものではないんだろう」
「……龍生様」
弱気になられるなど、らしくないですね。――そう言われた気がするのは、自分でも、そう思っているからだろうか。
恋人と友人は、比べられるものではない。
俺はもう二度と、咲耶に、『俺と伊吹さんが、崖から落ちそうになっていたら、どちらを助ける?』などという、馬鹿げた質問はしない。
咲耶が龍生の胸にすがって泣いた、あの日に……彼は心に誓ったのだ。
(咲耶にとって、伊吹さんは……幼馴染で、親友で……特別な存在なんだ。それはもう、どうしようもない。だが……伊吹さんにとっては、どうなんだろう? 咲耶と同じくらい、彼女も咲耶のことを、『特別』だと思っているんだろうか?……だとしたら、恋人が出来たからと言って、突然来週から、結太と登下校を共にする――ということまでは、考えていないかもしれないな。結太は結太で、恋愛事には疎い方だし……。案外、付き合い出しても、全てが〝今まで通り〟ということも、充分にあり得るのかも……)
そんなことを考えつつ、何気なく外に目をやると、車のリアウィンドウ(後部ドアのガラス)に、結太の緩みまくった顔が張り付いていた。
「――っ!」
不意を突かれ、叫び声を上げそうになる。
ちょっとやそっとのことでは、動じない自信のある龍生だが、普段見慣れぬものが、いきなり目の前に現れたら、さすがにギョッとしてしまう。
「結太! 居たなら居たで、声ぐらい掛けろ」
呆れてドアを開けると、結太はヘラヘラ笑ったまま、『悪ぃー悪ぃー』などと言って、車内に乗り込んで来た。
……浮かれっぷりが、想像以上だ。
これはやはり、告白に成功したのだなと、龍生は確信した。
「……まったく。何をどうしたら、そこまで緩み切った顔になれるんだろうな? 上手く行ったのなら、まあ、よかった……と言ってやりたいところだが、あまりにも締まりがなさ過ぎるぞ」
「ヘヘヘっ。そっかー? オレの顔、そんなに緩んじまってんのかー?……けど、しょーがねーじゃん。伊吹さんが、『じゃあ。また来週、学校でね』ってニッコリ笑って、可愛らしく、手まで振ってくれたんだからさー。……あー、やっぱ伊吹さん、スペシャル級に可愛ーわ。駆けてく後ろ姿なんか、小型犬思わせるくれーにメッチャクチャきゅーとっ!……っつーのかな。……国宝級。国宝そのものだろ、あの可愛さ。……あーーーっ、堪んねーーーっ!!」
後部座席のシートにもたれ、結太は、右に左に、ゴロンゴロンと体を揺する。
確かに、桃花は『可愛い』に分類される少女だと思うが、『国宝級』は、言い過ぎではなかろうか?
それに、可愛いを表すのに、『小型犬』を用いられることは、彼女にとって、果たして嬉しいことなのだろうか?
結太の様子に、すっかり呆れ返った龍生は、
「あー、わかったわかった。伊吹さんは可愛い。小型犬のように可愛いよな。……で? その、子犬のような彼女に、ちゃんと告白出来たんだろうな?」
彼の感想は適当に流し、重要な部分だけを聞き出そうとした。
結太は未だ、
「クフッ。……ウフッ。……エヘヘヘヘ……」
――と、何か思い出しては、ヘラヘラと笑い続けている。
龍生の声は、どうやら耳に入っていないようだ。
「おいっ、結太! 気味悪く笑ってばかりいないで、質問に答えろ!――告白は、成功したんだな!?」
結太はヘラヘラ顔で、『んー?』と龍生に顔を向ける。
そこで龍生は、結太の肩に、バシッ!――と、音が鳴るほどの強さで手を置き、
「こ、く、は、く、だよ! こ、く、は、くッ!!――上手く行ったんだな!? なっ、そうなんだろう!? ずっと好きだったって、伊吹さんに告白したんだよな!?――で、付き合うことになったんだよな!?」
大きな声で、一語一語、ハッキリとした口調で訊ねた。
結太は、『ん~? 告白ぅ~? 付き合――』と言った後、ハッと目を見開いたまま固まった。
「……おい、結太?……どうかしたのか、結太っ?……おいっ!! おいっ、返事をしろッ!!」
思いきり、ガックンガックンと体が前後に動くほど、肩を揺さぶる。
それでも反応が返って来ないとみるや、龍生は、結太の頬を一発、強く叩いた。
「イッテ――ッ!!」
結太は一瞬、痛みに顔を歪めたが、すぐにまた、呆然として固まり――……。
数秒後、急に情けない笑みを浮かべると、
「……告白……すんの、忘れちった。……ヘヘっ」
とだけ言い、一気に体から力が抜けたかのように、シートにドサッと倒れ込んだ。