第1話 結太、龍生のお節介に呆れつつ感謝する
HRが終わると同時に、結太のスマホに、龍生から以下のようなメッセージが届いた。
『伊吹さんと話す場所は
決めてあるのか?
まだ決めていないのなら、
屋上にしたらどうだ?』
『あそこなら邪魔も入らないだろうし、
金も掛からない。
落ち着いて話せるだろう?』
『ただ、屋上に行く時は、
誰にも見つからないよう、
充分注意しろよ?』
『昼に注目を浴びてしまったから、
クラスの者達も、おまえ達の行動に
目を光らせているかもしれない』
『安田には、おまえは用事があるから
少し遅れると伝えておく』
『では、健闘を祈る』
続けざまにメッセが届いた時はギョッとしたが、結太の懐事情も考慮し、屋上にしておけと、さりげなく(?)アドバイスして来るところは、龍生らしいと言うか何と言うか。
結太は苦笑しつつ、スマホをポケットに仕舞おうとしたが、再び着信音が鳴った。
『伊吹さんには、
先に一人で屋上に向かっていてくれるよう
お願いしておいた。
一緒に行くと目立つからな。
ついでに、くれぐれも見つからないように
気を付けてと、忠告もしておいた』
『ここまでお膳立てしてやるのは、
さすがにお節介かとも思ったが、
おまえ、まだ伊吹さんと
連絡先の交換も
していないんだろう?』
『誤解を解いたら、
忘れずに交換しておけよ?』
……ここまで来ると、
『おまえはオレの保護者か!? しかも、超過保護な保護者かッ!?』
とツッコミたくなるが、龍生は龍生なりに、幼馴染の恋の行方を、心配してくれているのだろう。厚意は、ありがたく受け取っておくことにした。
フッと笑って、今度こそスマホを仕舞うと、両手で鞄を抱えながら、可愛らしい足音を立てて教室を出て行く、桃花の姿が目の端に映った。
龍生に言われたとおり、先に屋上に行き、待っていてくれるつもりなのだろう。
桃花が出て行ってしまうと、クラスの数人が、『あれ?』というような顔で、チラチラと結太を窺っていた。
きっと、『放課後、話があるってことじゃなかったんだっけ?』とでも思っているに違いない。中には、『フラれたんだな。ダッセー』とでも言いたげに、皮肉げな笑みを浮かべ、こちらを見ている者もいた。
(フン。どーとでも思え。オレはフラれたワケじゃねー。待ち合わせの場所を、事前に決めてあるだけだ)
桃花を待たせては悪い。すぐにでも屋上に向かいたかったが、人の目を避けるためには、少し時間を置く必要がある。
結太は、逸る心を抑えつつ、教室から人が去るのを待った。
数分経ってから周りを見回すと、いつの間にか教室は、結太だけになっていた。
いつもなら、もう少し生徒が残っていると思うのだが……。
もしかしたら、フラれた男をそっとしておいてやろうという、クラスメイト達の、粋な計らいなのかもしれない。
……まあいい。どんな理由にせよ、人がいなくなってくれたのは好都合だ。
結太は、鞄を掴んで立ち上がると、周囲の様子を気にしながら、急いで屋上へと向かった。
屋上のドアの前には、桃花がソワソワした様子で立っていた。
結太が『ごめん、待たせて』と小声で謝ると、桃花はふるるっと首を振り、『ううん。大丈夫』と微笑む。
「じゃあ、えっと……ドア、開けるね?」
訊ねる結太に、桃花はコクリとうなずく。
ポケットから合鍵を出し、音を出さないように気を付けながら、ドアを開けた。
屋上に出、真ん中辺りで振り向くと、桃花はうつむき、やや緊張した面持ちで、結太の後をついて来ていた。
「今日は……なんか、ごめんな。龍生がいきなり、変なこと言い出して……」
手すりの前で足を止め、頭を掻いて謝る結太に、桃花は思いきり首を振る。
「ううんっ。ダイジョーブ!……でも、あの……わたしが、誤解してること……って?」
昼休みから、ずっと気になっていたのだろうか。早速、本題に入られてしまった。
結太は『う――っ!……いきなり?』と焦りながらも、どう話せばいいのだろうと、しばし思案した後、重い口を開いた。
「え……っと……。あのさ、伊吹さん。一ヶ月ちょっと前、放課後の教室で……見たことって、覚えてる?」
「……え? 一ヶ月、ちょっと……前?」
きょとんとした顔で告げた後、桃花はハッとしたように目を見張り、片手で口元を押さえる。
「……その様子だと……覚えてる、よね? あの時、見ちまったこと――?」
引きつり笑いで訊ねると、桃花は気まずそうに睫毛を伏せ……数秒後、小さくうなずいた。
「……ハハ……。だよね……」
出来れば、忘れていてほしかった……。
あまりの恥ずかしさに、逃げ出したい気持ちに駆られながらも、どうにか踏ん張り、結太は桃花をまっすぐ見つめた。
「あの時さ、伊吹さん……どー思った?」
「えっ?」
「……オレが、龍生に……告白してると思った?」
「――っ!」
桃花はたちまち真っ赤になって、やはりうなずいた。
「……そっか。……やっぱなー……」
情けない気分で、空を見上げる。
上空の色は、まだ青かった。……何故だか、無性に泣きたくなった。
――が、しかし。
泣いていても始まらない。
結太は今日、その誤解を解きに来たのだ。
誤解を解いてからでないと、告白すら出来ない。
結太はすうっと息を吸い込み、また、深々と吐き出すと、桃花に向かい、大声で告げた。
「それ、誤解なんだ!! あの時オレは、龍生に告白してたワケじゃねーんだ!! 告白の練習台に、なってもらってただけなんだ!!」