第17話 咲耶、誤解されたまま放置の結太に苛立つ
突然、咲耶に罵られ、結太は訳がわからないまま、呆気に取られて固まった。
確か、『桃花を泣かせそうなほど思い悩ませている』だの、『桃花を誤解させたまま放っておいたから』だのと、言っていた気がするが……。
(『誤解させたまま放っておいたから』って……やっぱ、あのことだよな? なんであのことを、保科さんが知っ――)
……そうだ。
あのことを知っているのは、桃花以外では、一人しかいないではないか。
結太は龍生をギロリと睨んだ。
(龍生、テメー……喋ったな!?)
結太に睨まれても、龍生は少しも動じていない。憎らしいほど落ち着いた様子で、結太を見返し、
「まあ、咲耶の言う通りなんだが……。おまえの許可なく、咲耶にあのことを話してしまったのは、悪かったと思っている。すまなかったな」
などと、軽い感じで謝って来た。
ムッとして、何か言い返してやろうと口を開き掛けたが、龍生は、今度は咲耶に向かい、
「咲耶も、イラつく気持ちはわかるが、少し落ち着いたらどうだ?――それに、あのことは、あくまで結太と伊吹さんの問題だ。部外者が、口を挟むことではないだろう?」
頭に血が上ってしまっている恋人をなだめようと、諭すように語り掛ける。
「だ――っ、だが、こいつがもっと早く、あのことなら誤解なんだって、桃花に伝えていれば、桃花だって、こんなに思い悩まずに済んでいたかもしれないんだぞ!? なのに……たったあれだけのことを伝えるのに、いったいいつまで掛かってるんだこの男は!? 数分どころじゃない。数秒程度で終わる話だろうっ!?」
両拳を握り締め、目を三角に釣り上げて、咲耶は結太を責め続ける。
結太も、『そう言われちまうと、ぐうの音も出ねーな……。けど、しょーがねーじゃねーか。途中から、誤解されてることすら、忘れちまってたんだから!』などと、情けない理由で自己弁護しつつ、負けじと咲耶を睨み返した。
そして、二人が睨み合ってから、一~二分が過ぎた頃、
「……あの……二人とも? さっきから、何の話をしてるの?……『あのこと』って……何?」
恐る恐るという風で、桃花が訊ねて来た。
二人はハッと息を呑み、気まずく視線をそらす。
「い……いや……。それは、その……」
「えーと……何てゆーか……」
誤解を解く良い機会と言えば、良い機会なのだが、クラスの者達が、揃って聞き耳を立てているであろう場所で、
『伊吹さんは、オレが好きなのは龍生だって、勘違いしてたんだろーけど、実は違うんだ! オレ、同性愛者じゃないんだ!』
とは、さすがに言いにくい。
どう説明すれば、上手くこの場を収められるのだろうかと、結太と咲耶は、必死に考え始めたのだが。
「伊吹さん、今日の放課後は暇? もし、何の用事もないようなら、少しの間、結太に付き合ってやってほしいんだけれど……いいかな?」
ふいに、龍生がそんなことを言い出し、結太は『はあっ!?』と驚きの声を上げた。
「な――っ!……なななななっ、何言っ――! 何っ、言――ってくれちゃってんだよ龍生っ!?」
焦って訂正しようとした結太を、龍生はチラリと見やり、
「いいのか、この機会を逃して?――おまえのことだ。今まで、伊吹さんに誤解されていることすら、忘れていたんだろう? 早く伝えておかないと、また忘れるぞ?」
「う――っ!」
そこで、『いくらなんでも、そこまでマヌケじゃねーよ!』と、言い返せないのが辛いところだ。結太はガックリとうな垂れた。
そして覚悟を決めると、
「え……と、伊吹さん――?」
「ふぇっ?……あっ、はいっ」
「今日の放課後……ちょっと、付き合ってほしーんだ、けど……時間、ダイジョーブ……かな?」
心臓をバクバクさせながら、龍生が訊いてくれたことを、もう一度、自分の口で訊ねる。
桃花は顔を赤らめながら、蚊の鳴くような声で、『は……はい』と、うつむきながらつぶやいた。
(よしっ! これで今度こそ、誤解を解くぞ! 誤解を解いて、そして、それから……俺の気持ちを、まっすぐ伝えるんだ!)
思わず、心で『よっしゃあ!』と拳を握り締める結太だった。
龍生は、
(やれやれ。これで結太も、ようやくスタートラインに立てるわけか。……告白の場所は、用意してやっている途中だったんだが……まあ、仕方ない。告白も、タイミングが大事だしな。あれはあれで、他にも使い道があるだろう。……頑張れよ、結太)
幼馴染の恋に、心でエールを送り、咲耶は、
(ぐぬぬ……っ。いよいよ、その時が来たのか。……桃花と一緒にいられる時間も、これからどんどん、少なくなって行くのかな……。すごく寂しいが、仕方ないこと……なんだよな……)
と、妙にしんみりしていた。
クラスの者達は、
(……え? あの二人って、とっくに付き合ってるんじゃなかったの? いつも、保科さんと秋月くんのカップルと一緒に、お弁当食べたりしてるし……。てっきり、あっちの二人も付き合っちゃってるんだと思ってたんだけど……。なんだ、違ったのか。これからか……)
(チックショオオオオッ!! 保科さんだけじゃなく、伊吹さんまでもが、他の男にかっ攫われちまうのかッ!!……ああ、伊吹さん……。密かに、可愛いなって思ってたのに……。ナロォオオオッ、楠木のヤツ、許すまじッ!!)
……というようなことを、それぞれ考えていた。
果たして、結太の誤解は解けるのか?
恋の告白は、上手く行くのだろうか? それとも、撃沈するのだろうか?
どちらにしろ、勝負の結果は、放課後までお預け――となりそうだった。
結太、いよいよ告白か!?
……というところで、第18章は終了となります。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
残り1章でこのお話は完結いたします……が、実はその先(続編)もあったりするのですよね……。
なかなか完全な〝完結〟とはならず、申し訳ございません!
もしお暇がございましたら、続編もお読みいただけますと幸いです。