第16話 桃花、親友らのノロケ話も上の空で弁当を食す
龍生と咲耶が、幸せオーラを放ちまくって、ノロケ話を延々と続けている間、桃花は上の空で、弁当のおかずを口に運んでは、モグモグしていた。
二人の話を、聞いていたくなかった――というわけではない。
ただ、幸せそうな二人の話を、結太は、どんな思いで聞いているのだろうと考えたら、暗い気持ちになって来てしまったのだ。
龍生と咲耶の婚約を、『おめでとう』と、心から祝福したい。その気持ちに嘘はない。
けれど、もし、婚約したのが龍生と咲耶ではなく、結太と咲耶だったら……?
果たして自分は、祝福することが出来ていただろうか?
そんな風に考えていたら、結太は今、辛くて堪らないのではないだろうかと、心配になって来て……。
なんだか、無性に泣きたくなってしまった。
「桃花?……どうかしたのか?」
咲耶の声で、ハッと我に返る。
桃花は慌てて顔を上げ、『えっ、何が? べつに、どうもしないよ?』と、無理に笑顔を作った。
咲耶は不安そうに眉根を寄せ、桃花をじっと見つめる。
「もしかして……私達の婚約に反対なのか? それとも、その……こういう……えぇと……ノロケ話みたいなものは、聞きたくないか? 不快か?」
咲耶の台詞に、結太(と聞き耳を立てている周囲の者達)は一瞬、目を丸くした。
一応咲耶にも、〝ノロケ話をしている〟という自覚があったのかと、意外に思ったのだ。
桃花はぶんぶん首を振り、
「ち――っ、違うよっ? 全然っ、不快なんかじゃないよっ? 二人の婚約のことだって、反対だなんてこれっぽっちも思わないしっ! むしろ、幸せそうで羨ましいなって、心から思ってるよ?」
誤解されては堪らないと、必死に想いを口にする。
だが、咲耶はまだ、心細そうな顔をして、黙って桃花を見返していた。
「ほっ、ホントだよっ? ホントにホントに、ホントなんだよっ? 大好きな咲耶ちゃんが幸せなら、わたし、とっても嬉しいもの! ただ、あの……えっと……」
桃花は急に口ごもり、箸をそっと弁当箱の上に置いて、うつむきがちに答える。
「……ただね。二人のことを、密かに想ってる人達も、きっと、たくさんいて……。その人達は、今、どういう気持ちで、幸せそうな二人を見てるのかな……話を聞いてるのかなって思ったら、ちょっと……ちょっとだけね、切なくなって来ちゃって……」
「……桃花……」
「あ――。ごっ、ごめんねっ? べつに、幸せな二人に水を差したいわけじゃないの!……ただ、どんな素敵な恋でも、裏では必ず、泣いてる人達がいるんだろうなって……辛い想いしてる人達が、きっといるんだなって……そう、思って……」
自分の想いを必死に説明しつつも、桃花は、なんて不毛な話をしているのだろうと、やりきれない気持ちでいっぱいになった。
全ての人が恋をしたり、絶対に、好きな相手がいるというわけではないが……。
世界中、これだけたくさんの人がいるのだ。誰かが誰かを好きになるという現象は、それこそ、無数に存在しているはずだ。
そしてその中で、両想いの人よりも、片想いしている人の数の方が、遥かに多いのは明白だろう。
両想いは、普通は一対一だが(気の多い人も存在するので、絶対にそうとは言い切れないところが、悲しいところだが)、片想いは、一対一とは限らない。一人に対し、数人が片想いしていることだってある。
その人達のことを気に掛け、いちいち同情していたら、キリがないし、気にしたところで、どうにか出来るものでもないのだ。
……不毛なのはわかっている。
わかっているのだが……。
「ごめんね、咲耶ちゃん。秋月くん。……わたし、変なこと言ってるよね。みんながみんな、両想いになんてなれるわけないのに。片想いの人達のこと考えてたって、キリがないのに。……わかってるの。わかってるのに、わたし……」
どうしても。
どうしても、考えずにはいられない。
だって、結太も今……辛い想いをしているのだろうから。
好きでいても仕方ない人だとわかりつつ……それでも、ずっと忘れられないまま……今も、好きでいるに違いないのだから。
泣きたい気持ちを堪え、桃花はちらりと、結太の顔色を窺った。
とたんに目が合い、慌てて目をそらす。
それを見ていた咲耶が、
「そうか!!」
突然大声を上げ、両手を机について立ち上がった。
「……え?……咲耶……ちゃん?」
ポカンと見上げる桃花の顔を、正面から見据え、咲耶は、更に大声を張り上げた。
「わかったぞ、桃花!! 桃花は今、楠木のことを考えていたんだな!? 楠木のことを想って、泣きそうになっていたんだな!?」
思いきり図星だったが、『はい、そうです』というわけにも行かず、桃花は心の内で絶叫し、見る見るうちに、顔を桃色に染め上げた。
まさかこんなところで――、こんなに大勢の人の前で、親友に爆弾発言されてしまうとは、思ってもいなかった。
「え……ええええええええっ!? な――っ、なななな何言ってるの咲耶ちゃんっ!? わた…っ、わたしはべつに、そんなことっ、これっぽっちも――っ!!」
激しく動揺する桃花に、結太も一気に赤面し、焦りまくった。
桃花が自分のことを想って――などと絶対にあり得ないと、抗議する気満々で、咲耶を見上げる。
「は――っ、はあああッ!?……なっ、何いきなり、わけわかんねーこと言ってんだよ保科さんッ!? い、伊吹さん、思いっきり困ってんじゃねーかッ!! 色ボケし過ぎて、頭のネジ二~三本、飛んじまってんじゃねーのかッ!?」
咲耶はギッと結太を睨み、
「いーやッ!! 桃花を泣かせそうなほど思い悩ませているのは、全部おまえのせいなんだぞ、楠木ッ!? おまえがずっと――っ、ずーーーーーっと桃花を誤解させたまま放っておいたから、こんなややこしいことになってしまってるんじゃないかッ!!――そーだおまえだッ!! 全ての元凶はおまえなんだ楠木結太ぁッ!!……まったく。いー加減にしろッ、この人騒がせな大バカヤロウがぁあああああーーーーーッ!!」
仁王立ちしたまま、思いきり怒鳴りつけた。