第15話 高校中の生徒ら、龍生と咲耶の婚約を知り動揺する
〝龍生と咲耶が婚約したらしい〟というニュースは、瞬く間に学校中へ広まった。
一時限目が終了し、休み時間になった頃には、皆、その噂で持ちきりだった。
(ええええッ!? 咲耶ちゃんと秋月くんが、婚約っ!?……そんな……。朝会った時は、咲耶ちゃん、そんなこと一言も――……)
桃花にとっても、それは寝耳に水の話だった。
噂の真相を確かめるべく、桃花は即、スマホで咲耶にメッセを送った。
『咲耶ちゃん
秋月くんと婚約したって
本当?
今、クラスの子達が話してて……。
わたし、ビックリしちゃって……』
送ってから、十秒と経たぬうちにスマホが鳴った。
慌てて確認すると、
『もう、桃花のクラスにまで
話が届いているのか!?』
逆に、質問が返って来た。
以下が、桃花と咲耶のメッセージの文面だ。
『うん。
みんな、その話で大混乱って
感じだよ?』
『そうか……。
噂が広まるのは、
恐ろしく早いな』
『噂?
ただの噂なの?
事実じゃないの?』
『いや、事実は事実だ。
黙っていて、すまなかった。
昨夜、急に決まった
ことだったから、
朝も、なんとなく
言い出せなくて……』
『昨夜?
昨夜、いきなり決まったの?
どうして、そんな急に……』
『すまん。
この続きは、昼休みに話す。
次の授業が始まってしまう』
『わかった。
じゃあ、昼休みにね』
一時限目の休み時間に、桃花が知ることが出来たのは、そこまでだった。
ただの噂という可能性も、あるのではないか……と思っていたのだが、どうやら、事実だったようだ。
(あの二人ならお似合いだし、このまま順調に付き合って行けば、結婚って話になっても、全然おかしくはないけど……。でも、まだ高校生なんだし、そういう話が出るのは早過ぎる……よね?)
べつに、反対する気持ちなどは更々ないのだが、急展開過ぎて、ついて行けない――というのが、今の時点での、桃花の正直な気持ちだった。
桃花が咲耶とメッセージを送り合っていた頃。
結太と龍生も、同じことをしていた。
以下が、その文面だ。
『おい!
婚約って何だよ!?
おまえら、いつの間に
そんなもんしてたんだよ!?』
『昨夜だ。
祖父と共に
咲耶の家に行き、
婚約の話をした』
『はあ!? 昨夜!?
昨夜いきなり、
婚約したのかよ?』
『そうだ。
悪いか?』
ここで一度、結太はぐっと詰まってしまった。
結太だって、良いとか悪いとか、そういうことを言いたいわけではないのだ。
ただ、そういう大事なことを決めるのに、幼馴染である自分に、一言の相談も報告もなかったことが……要するに、寂しい気がしてしまったのだった。
結太はむう……とふてくされつつ、次の文面を送った。
『べつに、悪くはねーけど。
悪いとは、言ってねーけどさ。
その前に、一言くらい
あってもよくねー?』
それについての返信は、
『授業が始まる。
詳しいことは昼休みに』
……それだけだった。
結太は『チェッ』と舌打ちし、次の授業の準備を始めた。
――そして、待ちに待った昼休み。
結太と桃花の教室に、龍生と咲耶は、手を繋いで入って来た。
瞬間、教室内がざわついたが、龍生はいっこうに気にしていない様子だ。
いつものように、宝神お手製の豪華過ぎるお重弁当を、ドドンと机の上に置き、悠々と、結太の前の席に腰を下ろした。
咲耶はと言うと、龍生ほど、平然とはしていなかったが、少し頬を赤らめている程度で、結太が想像していたよりは、遥かに落ち着いていた。
桃花の前の席に座り、自分手製の弁当を、龍生の前に置く。
いつ頃からか、龍生のお重弁当は咲耶が、咲耶の弁当は龍生が食べる――というのが、通常になっていた。
お互いの胃袋の大きさに鑑み、それが一番、自然で合理的だという、結論に達したらしい。
桃花は変わらず、母親の手作り弁当、結太は、購買かコンビニで買って来たパンだ。
結太は料理が得意なので、作ろうと思えば作れるのだが、何せ朝が弱い。ギリギリまで眠っていたいタイプなので、弁当を作ることは、最初から諦めていた。
ならば、母親の菫に、弁当を作ってもらえばいいではないか――と、普通は考えるだろう。
だが、ハッキリ言って、菫は料理が得意ではない。朝も、仕事で早く出なければならないため、『いいよ、弁当は。購買でパン買うから』と、結太の方から断ったのだ。
菫は作りたがっていたが、断固として拒否した。
遠慮してのことではない。お昼くらい、まともなものが食べたかったのだ。
まあ、それはさておき。
いつもと何ら変わらない雰囲気で、結太達のランチタイムは始まった。
少し違っていたのは、周囲のざわつきが、なかなか治まらなかったこと――くらいだろうか。
結太は、周りの様子を気にしながらも、焼きそばパンをモグモグしつつ、例の質問を口にした。
「――で? おまえら、婚約したってどーゆーことだよ? 何でいきなり、そんなことになってんだ?」
結太のストレートな問いに、周囲のざわつきが、一瞬大きくなる。
――が、すぐに治まり、そこから先は、嘘のように静かになった。
皆、聞き耳を立てているのがわかる。
こちらを一切見ないようにしているのが、かえって不自然だった。きっと、耳だけに神経を集中させ、一言も聞き漏らすまいとしているのだろう。
「いきなり?……まあ、咲耶にとっては、そうだったかもしれないな。だが、俺は……。俺にとっては、少しもいきなりなどではない。かなり前から、考えていたことだ」
「えっ、そーなのかッ!?」
龍生の言葉に、咲耶が驚きの声を上げる。
彼は、少しも動揺せずにうなずくと、
「ああ。ずっと考えていた。将来、俺が結婚するとしたら――その相手は、咲耶であってほしいと。いや。咲耶以外はあり得ないと」
「……秋月」
(……今、確実に〝キュン〟としたな。……ゲッと思っちまうくらい、顔に書いてある)
咲耶の表情を盗み見しながら、結太は心でつぶやいた。――意外と、感情が表に出やすい人だというのは、とっくにわかっているのだ。
「へーえ。……じゃ、高校卒業したら、すぐ結婚すんのか? いくら何でも早過ぎねー? おまえ、進学すんだろ? まさか、しねーなんて言わねーよな?」
もし、そんなことを言われようものなら、教師達が、一斉に失神しそうだ。
有名国立大にも、合格間違いなし――と言われている生徒の内でも、ぶっちぎりでトップの成績なのだから。
「進学はするさ。――だが、学校に通いながらだって、結婚は出来る」
「えええッ!? 進学しながらッ!?」
またもや、咲耶だけが驚いている。
龍生はクスリと笑い、
「べつに、本当にそうすると言っているわけではないよ。学生結婚も出来ないことはない――と、可能性の話をしているだけだ。朝も言ったが、咲耶に無理強いするつもりはないんだ。その点は、安心してくれ」
「――う……。そ、そう……か」
モゴモゴとつぶやきながら、咲耶は赤くなってうつむいた。――見たところ、特に嫌がってはいないようだ。
(……こりゃあ、もしかしたら……もしかするかもな……)
〝いつ結婚してもおかしくない〟と思えるほど、幸せオーラを放ちまくる二人。
結太と、周囲で聞き耳を立てている生徒達は、げんなりしつつも、『あ~~~、羨ましい……』と、心でしみじみとつぶやいた。