第13話 龍生らとその保護者、校長室に呼ばれる
龍生と咲耶、そしてそれぞれの保護者である龍之助と時子は、学年主任の教師の案内で、校長室に通された。
いつも校長が使っているらしい、重厚な机と、革張りの椅子。その前には、六人掛けのソファとテーブル――応接セットが置いてあった。
校長は、既にソファの方へ移動しており、龍之助らが入って来ると、緊張した面持ちで立ち上がり、深々と一礼した。
それに応えるように、龍之助も一礼し、それを見た時子も、慌てて一礼する。
校長は、自分の前のソファを片手で示し、『保護者の方は、こちらへお座りください』と告げ、龍生と咲耶には、『申し訳ないが、数が足りないのでね。君達は、そこにあるパイプ椅子を使ってくれないか?』と告げた。
言われたとおり、二人は、壁に立て掛けてあったパイプ椅子をソファの横に並べ、腰を下ろす。
一同が着席したのを確認すると、校長も腰を下ろし、学年主任が、その横に座った。
「本日は、お呼び立てして誠に申し訳ございません。お忙しい中、お越しいただきまして、大変恐縮です」
いつの間に用意したのか、右手に持った白いハンカチで、額の汗を拭いつつ、校長がぺこぺこと頭を下げている。
問題を起こしたのは、龍生と咲耶の方なのだから、そこまで緊張しなくてもいいだろうに――と呆れてしまうほど、彼の顔は強張っていた。
まあ、秋月家と言えば、この辺りでは、知らぬ者はいないというほどの名士だ。
その秋月家の当主が、直々に出向いて来たのだから、校長ほどの人でも、緊張してしまうのは、無理のないことなのかもしれない。
ひたすら恐縮している校長を前に、咲耶も、そして時子も、改めて、秋月家の影響力を思い知らされていた。
「まあまあ、校長先生。少し落ち着いてください。不始末を仕出かしたのは、私の孫の方なのでしょう? 先生方が、恐縮する必要などありますまい」
そう言って、龍之助はワッハッハと笑った。
校長も、学年主任も、『は、はあ……』とうなずき、愛想笑いを浮かべている。
「……で? 本日、私どもが呼ばれました訳は、やはりあれですかな? 不始末を仕出かした二人には、相応な処分を――と、言う訳ですかな?」
ピタリと笑い声が止み、真剣な口調で切り出して来た龍之助に、校長と学年主任が、同時に縮み上がる。
校長は焦ったように、
「いっ、いえ、そんな。〝処分〟だなどと……。私どもは、何もそこまでのことは――」
ハンカチで頬を拭き拭き、引きつり笑いを浮かべた。
龍之助は腕を組みつつ、鋭い眼光で二人を見据える。
「ほう? 特に処分を下す気はないと? それでは、本日私どもが呼ばれたのは、厳重注意――とやらのためですかな?」
「はっ、はい! 秋月君も保科君も、大変優秀な生徒ですし、私どもも信じておりますので、停学――などということは、考えておりません。……ただ、そのぅ……。二人とも、優秀であるがゆえに、目立つ生徒でありますので、あまり過激な行動を取られますと、ですね。他の生徒達が、大変動揺してしまいますので……。出来れば、そのぅ……校内での、刺激の強い行動は……」
「フム。……承知しました。人前での接吻――キス、などは控えろと? そうおっしゃるのですな?」
「お祖父様!」
直接的な言葉を使用しないようにと、校長も気を遣ってくれていたのだろうにと、龍生は思わず声を上げてしまった。
校長達も、まさか龍之助の方から、ストレートな言葉が出て来るとは、思っていなかったのだろう。目をしばしばさせている。
「フフン? べつによいではないか。事実は事実だ」
余裕の笑みで返し、龍生にチラリと目配せする。
それはそうだがと思いながら、龍生は、微かに頬を赤らめた。
「フフ。――だが、安心してください先生方。この二人は、まだ幼いながらも、真剣な〝恋〟をしておるのです。浮ついた気持ちなど、少しもありはしません。何故なら、この二人は――……」
そこでまたフフっと、意味ありげに笑い、
「何を隠そう、この二人は――将来を誓い合った許婚同士!! なのですからなッ!!……ハーッハッハッハッハッハ!!」
大声で宣言した後、豪快に笑ってみせる龍之助に、校長も学年主任も、一瞬、ポカンとした顔で静止していたのだが。
すぐにハッと目を見開き、顔を見合わせると、
「い――っ、許婚ぇええええーーーーーーーッ!?」
ほぼ同時に、素っ頓狂な声を上げた。
「ほっ、ほほっ、本当なのかい、秋月くんっ!?」
「許婚同士っ?――おまえ達がっ?」
校長と学年主任の問いに、龍生は落ち着いた様子でうなずく。
「はい。僕と咲耶は、六歳の頃に知り合い、再びこの高校で巡り会って……つい先日、将来を誓い合いました。高校を卒業してから、数年ほど後には、結婚する予定です。――そうだろう、咲耶?」
校長と学年主任が、咲耶に目を向けると、彼女はポッと頬を染め、顔を隠すようにうつむいてから、コクリとうなずいた。
「――ほ……」
「……ほぉう……?」
間の抜けた声で応じる二人に、龍之助は満面の笑みを浮かべ、何度も大きくうなずく。
「おわかりになりましたかな? 二人のことは、なーんの心配も要らんのですよ。……まあ、二人はまだ、接吻のみの清い関係らしいですが……。万が一、在学中に、咲耶さんが龍生の子を身ごもるようなことがあったとしても、この秋月家に、即嫁に来てもらえば済むだけの話! 我が家には使用人も多数おりますし、乳母のような役目も立派に務められる、頼りになる女中頭もおりますからな! 学校にご迷惑をお掛けするようなことは、絶対にございません! どうかご安心ください、先生方!」
龍之助は、さも愉快そうに、大声で笑い続けていた。
予想外のこと(『接吻のみの清い関係』や、『龍生の子を身ごもるようなことがあったとしても』など)を言われてしまった咲耶は、ひたすら小さく身を縮め、恥ずかしさのためか、ふるふると震えている。
龍生は、龍之助を軽く睨みながら、『余計なことを……』と、少々腹を立てていたが、それ以外は、ほぼ自分の思うように事が運び、ホッと胸を撫で下ろした。