第12話 桃花、揉みくちゃになりながらも人の間を縫う
桃花は、『すみません』『ごめんなさい』『通してください』と声掛けしつつ、人の間を縫って進んだ。
満員電車で降車する時のように、揉みくちゃになってしまったが、それでもどうにか、人垣を抜けて前に出る。
先ほど、電車の中で似たような経験をして来たばかりなのに、二度も同じ目に遭うとは、今日はついていない。
桃花は、胸元に片手を当て、大きく肩で息をすると、クラクラする頭を上げた。
確かに、校門の前(と言っても、ど真ん中ではないが)には、縦列駐車されている高級車が二台。
車の外に、龍之助と赤城、龍生と咲耶、咲耶の母――そして、結太の姿があった。
安田の姿は見えないが、彼はたぶん、いつものように、車の中で待機しているのだろう。
(さすがに、鵲さんと東雲さんはいないみたい。……まあ、いくら秋月くんに関することだって言っても、学校からの呼び出しにまで、わざわざついて来たりしないか……)
あの二人なら、ついて来ていても不思議はないけど……と思ったら、つい、フフッと笑ってしまった。
――が、笑っている場合ではない。桃花は慌てて、口元を片手でふさぎ、周囲の視線を気にしながら、恐る恐る、車の方に近付いて行った。
「――あ。桃花っ!」
咲耶が即座に気付き、片手を大きく振りながら、走り寄って来る。
桃花は片手を胸の前まで上げ、ひらひらと振って応える。
「おはよう、咲耶ちゃん。今日は、秋月くん家の車で、みんな一緒に来てたんだね」
微笑む桃花に、咲耶はふっと目をそらし、
「あ、ああ……まあ……。母様は車の運転が出来ないし、父様は仕事があるから、この時間に送ってもらうのは無理だし……って話になったら、秋月のじーさ――……いや、おじいさんが、家の車で一緒に行きましょう――って、言ってくれてな」
頬を人差し指でポリポリと掻きながら、恥ずかしそうに告げる。
照れる仕草も可愛らしいなぁと、桃花が思っていると、いつの間にか、龍生と結太も側にいて、『おはよう』と挨拶して来た。
「あっ。おはようございます、秋月くん。楠木くんも、おはよう。……え、と……学校からの呼び出しって、朝からだったんですか? てっきり、昼休みとか、放課後辺りかと思ってたので、ビックリしちゃいました」
龍生に向かって訊ねると、彼は『ああ』とつぶやき、事情を説明してくれた。
「お祖父様が、朝以外は都合がつかないと、学校側に申し入れたらしい。――ああ見えて、忙しい人だからね。午前も午後も、回らなければいけないところが、たくさんあるんだよ」
「そうなんですか。……お仕事、大変なんですね」
「うん……まあ、仕事と言うか、顔出し……と言った方が近いかな。いろいろな会社や団体の、会長職や代表、パトロンとか、アドバイザー的なことまでやっているらしいし。何せ、関わっているところがあり過ぎるんでね。俺も、全ては把握出来ていないんだ」
「……は、はあ……。そー……なん、ですか……」
桃花にはよくわからなかったが、とにかく、忙しい人らしい――ということだけは理解した。
だが、こんなところにお嫁に行ったら、咲耶も大変そうだ。大丈夫だろうかと(余計なお世話だろうが)、親友としては、心配になって来てしまう。
「でも、朝からお話じゃあ……一時限目の授業には、間に合いませんよね? 秋月くんと咲耶ちゃんの担任の先生は、今日、一時限目の授業はないんでしょうか? それとも、予習の時間に変更になったりとか……?」
小首をかしげる桃花に、龍生は何故か、意味ありげな笑みを浮かべ、
「さあ? そこまでは知らないけれど。……でも、話の方は、そんなに長くは掛からないよ」
確信でもしているかのような発言に、桃花はきょとんとなる。
どうして、そんなことがわかるのだろう?
龍生は、桃花の顔を見てクスッと笑い、『……たぶんね』と小声で付け加えた。
「それでは、そろそろ行こうか。お祖父様と、君の母君が待っている」
龍生はそう言い、咲耶に片手を差し出した。
咲耶は頬を赤らめつつも、素直にその手を取り、『……ああ』と小声で答える。
「じゃあな、桃花。……行って来る」
桃花を振り返り、咲耶はにこりと微笑んだ。
その幸せそうな笑顔につられ、桃花もふわりと微笑み、『いってらっしゃい』と手を振った。
二人は、桃花達に背を向け、しっかりと手を繋いで、龍之助と時子の待つ方へと、落ち着いた足取りで歩いて行く。
もう、どこからどう見ても、完璧な〝恋人同士〟だ。
(いいなぁ……。羨ましいな、咲耶ちゃん。これから、先生方に何を言われるかわからないのに、全然、怖いなんて思ってない感じで。……それだけ秋月くんのこと、信じてるんだよね。『この人となら、何があっても、何を言われても平気』って……心から、思えてるんだよね。……いいなぁ……そう思える人と巡り会えて。すごく幸せそうで、本当に素敵……)
うっとりと見送る桃花だったが、ふと、視線を感じて横を向くと、思い切り結太と目が合った。
「――っ!」
お互い真っ赤になり、慌てて、顔を反対側に向ける。
「ご――っ、ごめんッ!!」
「う……、ううんっ。全然っ。……全然っ。全然ヘーキっ!!」
何が『ごめん』で、何が『ヘーキ』なのか。
自分達にもよくわからないまま、二人は顔を背け続けた。
顔を合わせたら、とたんに気持ちがバレてしまいそうで、怖くて……必死に、別々の方向へ、顔を向け続けていた。
それから、二分ほど経ち。
二人は、顔を合わせないままに、
「そ――っ、……そろそろ、教室行こーかっ?」
「あっ、う、うんっ。……そーだねっ」
などと言葉を交わすと、校舎へと歩を進めた。