第11話 桃花、咲耶からの連絡を受け一人で登校する
その日の朝、桃花は一人で、学校までの道のりを歩いていた。
昨夜、咲耶から、
『すまない。
明日は用事が出来てしまって、
一緒に登校できなくなった。
悪いが、一人で行ってくれるか?』
と連絡があったからだ。
(咲耶ちゃんの用事って、何だろう? 下校の時には、そんな話してなかったから、その後に出来た用事……ってことだよね?)
そんなことを思いながら、うつむきがちに歩いていると、何やら、急に辺りが騒がしくなった。
何事だろうと顔を上げた桃花は、ギョッとして立ち止まる。
桃花の目の前には、事件でもあったのかと、心配になって来てしまうほど、たくさんの生徒達による人垣が出来ていた。
昨日の放課後、龍生と咲耶の周りに出来ていた人垣よりも、数倍は多いと思われる数だ。
校門まで辿り着こうと思ったら、この人垣を掻き分けて行くか、人と人との隙間を探し、その間をすり抜けて行くかの、どちらかしかないだろう。
だが、これだけたくさんの人垣を、掻き分けて行けるだけの体力も、度胸も、桃花にはない。
上手く隙間を探しながら、少しずつ進んで行くしかないだろうか……と、桃花がオロオロしていると、
「えーーーッ!? 誰っ、あの、妙に迫力あるけど、超カッコイイおじーさん!? もしかして、もしかしなくても、秋月くんのおじーさん……なのっ!?」
「朝っぱらから、高級車が二台も停まってるから、ビックリしちゃったよね! 片方にはいつも通り、秋月くんが乗ってるってのは、わかってたけど……もう片方の車には、誰が乗ってるのかな~って思ってたら、おじーさん!? 秋月くんのおじーさんなのっ、あの渋いイケオジって!?」
(…………〝イケオジ〟?)
桃花は首をかしげてみたが、すぐにああ――と思い至った。〝イケてるオジーサン〟で、〝イケオジ〟か。
本当に龍生の祖父が来ている(まあ、呼び出しを食らったというのだから、本当か)とすると、それもうなずける。
どうやら今、校門前には、二台の高級車が停まっているらしい。
そのうちの一台は、龍生の送り迎え用の、黒塗りの高級車。
そして、もう一台の高級車からは、龍生の祖父らしき人が出て来て、あまりのイケオジっぷりに、周囲がざわついている――というのが、人垣の先で起こっていることのようだ。
(……そっか。秋月くんも咲耶ちゃんも、『保護者の人も一緒にお話しましょう』って、学校から呼び出されたんだもんね。咲耶ちゃんが一緒に行けないって言ってたのは、ご両親のどちらかか、どちらともかはわからないけど、ご家族と一緒に行くから――ってことだったのかぁ。でも、呼び出しって……朝からなの? てっきり、お昼とか放課後とか、授業に影響出ない時間帯に、呼び出されたのかと思ってた)
何にせよ、こんなに朝早くから呼び出されるなどとは、どちらの保護者の方も大変だな……と、桃花はしみじみ思った。
そして、この先にいるのが、龍生と龍之助だということがわかったのだから、早く行って、二人に挨拶したかった。
……しかし。
人垣は、いっこうに崩れる気配がない。
龍之助が、そんなに珍しいのだろうか?
桃花は再び首をかしげた。
すると、
「えっ? ちょ――っ、ヤダっ、なんでっ?――なんで秋月くん家の車から、秋月くんだけじゃなく、保科さんまで降りて来るのよっ?」
一人の女生徒の、うろたえたような声が聞こえて来て、桃花は『えっ!?』と顔を上げた。
(咲耶ちゃんが、秋月くんと?……じゃあ、また一緒に、登下校始めたのかな?)
……いや。
それならそれで、桃花に伝えて来ているはずだ。
咲耶は、『明日は用事が』と言ったのだ。ずっと、とは言っていない。
今日だけ特別――ということなのかと、桃花が考えていると、今度は、先ほどとは違う、女生徒の声がした。
「あれ? 保科さん……と、おばさんみたいな人も降りて来たよ?――あっ! あと、なんかすっごい、不機嫌そうな男の子も!」
「――えッ!?」
思わず声を上げてしまい、前の人垣の数人が、一斉に振り返った。
皆、『何、この子?』というような顔つきで、桃花をじろじろと見つめている。
「あ……。いえ、あの……。ご……ごめんなさい」
桃花はたちまち真っ赤になって、鞄を胸の前で抱き締めると、小さく小さく縮こまった。
注目を浴びてしまったことが、堪らなく恥ずかしかった。
しかし、今、女生徒が言っていた台詞も気になる。
〝おばさんみたいな人〟は、当然、咲耶の母親のことだろうが、〝不機嫌そうな男の子〟は……まず間違いなく、結太のことだろう。
(……でも、そっか。そーだよね。楠木くん、まだ秋月くん家の車で送ってもらってるんだから、一緒に出て来るのが普通なんだ。……そっか。そこに今日は、咲耶ちゃんと、咲耶ちゃんのお母さんが同乗して来た……ってことなんだ)
そして、車には五人までしか乗れないので、もう一台出し、それに龍之助が乗って来た――というわけなのだろう。
咲耶と結太も一緒ということなら、ますます、挨拶しに行かなければなるまい。
桃花は、はやる気持ちを抑え、
「すっ、すみませんっ!! 早く学校に行きたいので、ここを通してくださいっ!!」
ありったけの勇気を振り絞って、声を張り上げた。