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第9話 咲耶、帰宅後真っ先に自室へと向かう

 桃花の家から自宅まで、徒歩で帰って来た咲耶は、重苦しい気持ちで、玄関のドアを開けた。

 桃花には、大丈夫だと言って笑ってみせたものの、これから家族に説明しなくてはならないと思うと、どうしても、気が滅入(めい)って来てしまうのだ。


 母親は、女同士だから、まだいいとしても、父親の前で、いったいどんな顔をして、あの話をしろと?

 桃花の父親ほど極端(きょくたん)ではないにしても、咲耶の父親だって、娘のことは、かなり溺愛(できあい)しているのだ。その娘が、学校で恋人とキスをしたため、呼び出しを食らった――などと伝えられたら、いったい、どんな反応をするのか……。



父様(ととさま)は、すぐいじけるからなぁ……。私に恋人がいるということすら、まだ伝えてはいなかったんだ。それなのに……まさかこんな形で、告白しなければならん羽目になるとは)



 がっくりと肩を落とし、小さな声で『ただいま』とつぶやく。

 それから、直接自室に向かおうと、咲耶は階段に足を掛けた。

 伝えるにしても、まずは自分の部屋で一息つき、落ち着いてからにしよう――と考えたのだ。


 だが、咲耶の帰宅に気付いた時子が、慌てて居間から出て来て、


「ちょぉーーーっと待ちなさーーーいっ!!――咲耶っ、自分の部屋にこもる前に、何か言うことがあるでしょう!? お母さん、さっき学校から連絡もらって、すーーーっごく、驚いちゃったんだからっ!!……ほらほらっ、さっさと白状しちゃいなさい!! その方が、早く楽になれるわよ!?」


 何故か、顔を思い切りニヤけさせ、興奮気味にまくし立てて来る。



 娘が、親共々学校から呼び出しを食らったと言うのに、よくもそんな、楽しげな様子でいられるものだな――。



 内心呆れ返りつつも、咲耶は観念し、のろのろとした足取りで、居間へと向かった。




「へえーーーっ。学校でー、皆見てる前でー、キスしちゃったのぉーーーあなた達ぃーーー?」


 とりあえず、感情的な部分を除き、自分達が仕出かしてしまった、事実のみを伝えると、時子は、妙に間延びした声で返して来た。



 姉の学校での不始末を、弟達に聞かせるわけには行かないので、二人には、自室にこもってもらっている。

 一応、『夕食の時間まで、下りて来てはダメよ?』とも、伝えておいた。



 父親の狭霧(さぎり)は、まだ会社から帰って来ていないが、そろそろのはずだ。

 彼が帰って来るまでに、話をまとめておかないと、かなりの混乱を招きそうなので、咲耶は先を急いだ。


「いい加減その、からかうような顔つきと、口調はやめてくれないか、母様? さっきから、話が先に進んでないじゃないか。早くしないと、父様が帰って来てしまう」


「あら。べつに、からかってなんかいないわよ? あの、恋愛とは無縁ですーって顔してた咲耶が、今は、人前でキス出来ちゃうくらいに、秋月くんとの恋に夢中になってるなんて、素敵ねーって、感心――ううん、感動してるだけよ?」


 時子の言葉に、咲耶の顔は、かあっと熱くなる。


「……うぅ……。だからそれが、からかってるって言うんだ!……それに、べつに私は……む、夢中になんか、なって……ない……」


 目をそらせ、体を小さくして、咲耶は語尾を弱めて言う。

 ハッキリと言い切れないところが、既に、認めてしまっているようなものなのだが、本人は気付いていないようだ。


 時子は楽しげに微笑むと、テーブルに頬杖をつき、じっと咲耶を見つめた。


「フフッ。いーのよぉ~、無理しなくても? 秋月くん、カッコイイものねぇ~? 咲耶じゃなくたって、そりゃー夢中になっちゃうわよ~。私だって、あと二十年……ううん。あと十年若かったら、夢中になってたかもしれないもの~。ウフフフフッ」


「もう! だからっ! どーしてそこで笑うんだよッ!? それが〝からかってる〟って言うんだろう!?」


 両拳をテーブルに叩きつけ、『勘弁してくれ』と目で訴えつつ、咲耶は時子に言い返す。


 学校で、教師達に散々いたぶられた後なのだ。

 充分反省しているから、家ではもう少し、控えめに接してくれないだろうか?


「ウフフッ。……ごめんね? だってお母さん、嬉しかったんだもの。あなたが秋月くんとお付き合いする――って知った時は、どうなることやらって、ちょっと心配だったんだけど……。順調に愛を(はぐく)んでるみたいで、なんだか、ホッとしちゃったのよ」


 さらっと『愛を育む』などという、大袈裟な言葉を遣われ、咲耶の顔も全身も、一瞬にして朱に染まった。


「あっ、ああああ……愛ッ!?――なっ、ど――っ?……そ、そんな恥ずかしいものっ、は、育むむむむっ、わっ、わけがな――っ、なかろうっ!? い、いったい、何を言ってるんだ母様っ!?」


「あら。やーねぇ。恋人同士が愛を育まずに、何を育むって言うのよ?……あ。やーだ、咲耶ったら。まだ赤ちゃんはダメよ? 赤ちゃんは、もっと責任を持てるようになってから――ね? それまでは、ちゃんと避妊はしておかないと」


「ひ――っ!?」


 短い悲鳴のような声を上げると、咲耶は一拍(いっぱく)固まった。

 だが、すぐに蘇生(そせい)すると、可哀想に思えるほど、真っ赤に染まった顔で、


「なっ、なっ、ななっ、ななな何をっ、何を言ってるんだ母様のバカバカバカバカッ!! わっ、私と秋月はっ、まだそんな――っ、そんなハレンチなこっ、ことっ――は、し――っ、してないッ!! してないったらしてないッ!! 絶対絶対、してるわけないんだからなぁああああああああッ!?」


 思いきり、瞳を(うる)ませながら叫ぶ。


「……あら。そーなの?」


 時子はきょとんとした顔で首をかしげると、小声でボソッと、『意外と奥手なのね、秋月くんったら……』とつぶやいた。


 そして更に、『これは、もしかして……娘の性教育をするのに、もってこいの機会なのでは?』と思い至り。


「でもね、咲耶。あなたも、きっとこの先、秋月くんとそういうことをする時が来るでしょう? その時のために、今からしっかりと、〝避妊〟についてのお勉強をしておかないと――」



 ドサッ。



 突然、背後で、何かが落ちたような音がした。


 時子と咲耶が、ハッとなって後ろを振り返ると、そこには、この家の大黒柱たる、狭霧の姿があり、


「……ヒ、ニ、ン……?……『避妊』に、ついて……って?……おまえ達、いったい……何の話をしているんだ……?」


 今にも泣き出しそうな情けない顔つきで、妻と娘の顔を、交互に見比べていた。

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