第6話 龍生と咲耶、連れ立って教室に現れる
教室に入って来たのは、龍生と咲耶だった。
結太と桃花は、ほぼ同時に立ち上がり、二人の元へと駆け寄った。
「龍生! おまえ、いったい何やってんだよ? 周りにたくさん人がいたのに、キスしてたってマジな話か?」
「――ああ。まあな」
あまりにもあっさりと認められ、結太は一瞬、ポカンとしてしまった。
――が、すぐに気を取り直し、目を吊り上げて言い返す。
「『ああ。まあな』――じゃねーだろッ!! どーしてそんなことしたんだよッ!? そんなことすりゃ、問題になるに決まってんだろーがッ!! 何で、わざわざ人前なんかで……。もっと、人目につかねーとこでしてりゃー、騒ぎになんかならなかったろッ!?」
……そういう問題でもない、ような気はするが……。
まあ、現に、隠れてしている恋人同士など、星の数ほど――というのはさすがに大袈裟だろうが、少なからず、いるに決まっている。
とにかく結太は、『隠れてしていれば、問題にならずに済んだのに。優等生で通ってるおまえが、そんな簡単なことに、気付かないわけがないだろう? いったい、どうしてしまったんだ?』――ということが言いたいのだ。
「仕方がないだろう。そういう気分になってしまったんだから」
結太の心配をよそに、龍生はいつものポーカーフェイスだ。
全くと言っていいほど、反省している様子も窺えない。
「はああッ!? 何呑気なこと言ってんだよ!? おまえも保科さんも、自分らがどんだけ人気あるかってこと、全ッ然考えてねーんだな!?――そりゃ、おまえらはいーだろーさ。人目があろーとなかろーと、イチャイチャ出来りゃー満足なんだろ!? まだ付き合いたてホヤホヤだもんな!? そりゃしてーよな、イチャイチャ!!……けどな。そんなおまえらを見せつけられて、傷付くヤツらだっているんだよ!! おまえらに、報われねー片想いしてるヤツらが、山ほどいるんだ!! そいつらのこと、どーしてほんのちょっとくれー、考えてやれねーんだよッ!?」
一気に言い切った後、結太は自分の発言に、『あれ?』と首を捻った。
自分は確か、龍生と咲耶のことを、心配していたはずではなかったか?
停学になったらどうしよう(まあ、その可能性は低いだろうと思ってはいたが)と、桃花と一緒に、そのことばかり気にしていたはずでは……なかっただろうか?
……それなのに。
口を衝いて出た言葉は、まるで、『“二人に片想いしている人間の代表”か?』とツッコミを入れたくなるくらい、二人を責めるような言葉ばかりだった。
(あっれ~……? オレ、無意識下では、こんなこと考えてたのか? 龍生達に片想いしてるヤツらのこと、考えてやれ、なんて……)
自分の言った台詞に戸惑っていると、龍生はまっすぐに結太を見据え、相変わらずのポーカーフェイスで。
「……へえ。まさか結太から、そんなことを言われるとは思わなかったな。安田に連絡を入れた時、おまえと伊吹さんが心配していた――と言っていたから、てっきり、『大丈夫だったのか?』というようなことを、真っ先に訊かれると思っていたんだが」
「そ――っ、……そりゃ、心配はしてたさ。してたけど……」
言い返した後、結太は困った顔をして、スッと横に視線をそらした。
心配していたのは確かだ。
だが、どうしてあんなことを言ってしまったのか、未だによくわからず、説明したくても、出来ないのだった。
しかし、桃花だけは、結太が何故、あのような台詞を口にしたのか、わかるような気がしていた。
何故なら、結太が無意識に発した台詞の元が、何であったのかを、桃花だけは、共に聞いていて知っていたからだ。
龍生と咲耶のキスシーンを、結太と桃花は見ていない。
二人がそれを知ったのは、一人の女生徒が発した、悲痛な叫びからだった。
『何もこんなところで、わざわざ見せつけることないじゃないッ!! 見たくなんかなかったーーーっ、秋月くんと保科さんの、キスシーンなんてぇええええッ!!』
あの台詞を聞いた時から、きっと結太は、彼女――いや、彼女達を気の毒に思っていたのだ。
恋人がいることは、重々承知していたとは言え、彼女(または彼)達も、まさか目の前で、好きな人のキスシーンを見せられてしまうなどとは、思ってもいなかっただろう。
それを突然――何の心の準備もしていない中、見せつけられてしまった人達の気持ちを考えると、堪らなかったのではないだろうか。
(楠木くんは、すごいな。……わたしなんて、咲耶ちゃんが停学にされちゃったらどーしよーって、そのことしか、考えられなかったのに……。楠木くんは、他の人の……咲耶ちゃん達に片想いしてる人達の気持ちまで、考えてあげられるなんて……。ホントにすごいな、楠木くんって)
結太の困惑したような横顔を見つめながら、桃花はしきりに感動していた。
だが、当の本人は、桃花に惚れ直されていたなどとは知る由もなく、『う~ん? 何でオレ、あんなこと言っちまったんだ?』と、ひたすら考え込んでいる。
龍生は、結太と桃花に視線を走らせてから、軽くため息をつき、
「――まあ、結太がどう思おうが、他の人間にどう非難されようが、幻滅されようが憎まれようが、俺はいっこうに構わない。あの時俺は、咲耶がこの世で一番大切な人だと、心から思えた。だからキスした。それだけのことだ」
また恥ずかしげもなく、恥ずかしい台詞をさらっと口にして、結太と桃花を赤面させた。
咲耶はと言うと、教室に入って来てからというもの、ずっと龍生の陰に隠れ、頬を染めつつうつむいている。
こんな悄然とした様子の咲耶は、珍しいな――と、結太は思わず、まじまじと見つめてしまっていた。
すると、ふと顔を上げた咲耶と、思いきり目が合ってしまい、
(ヤベッ! ぜってー、『何をじろじろ見ているんだ!?』って、睨まれるに決まってるッ!!)
と身構えたが、ここでも咲耶は、意外にも、更に顔を真っ赤にして、恥じらうように、視線を落としただけだった。
(……嘘だろ……。あの保科さんが、何も言って来ない……?)
呆然とする結太だが、龍生はスッと体を横にずらし、結太の視線から、咲耶を守るような動きを見せた。
驚いて顔を上げると、
「散々、教師達の好奇な目に晒され、説教を受けて来たんだ。これ以上、咲耶を追い詰めるようなことはやめてくれ」
そんな言葉を掛けられ、ギョッと目を見開く。
「お、追い詰めるって何だよ!? オレはべつに――っ」
言い返そうとする結太を、片手で制し、
「わかっている。おまえにそんな気がないことくらい。――ただ、俺も咲耶も疲れている。話があるなら、明日にしてくれ。……とにかく、今日はもう帰ろう」
龍生は『鞄を持って来る』と告げ、咲耶の手を取り、教室を出て行った。