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第4話 結太、待機していた安田に事情を告げる

 結太と桃花が校門前に行くと、いつものようにいつもの(ごと)く、安田が車で待機していた。

 彼に事情を説明すると、サッと顔色を変え、しばらくの間、(あご)に片手を当てて考え込んでいたが、


「承知しました。私も、龍生様がお戻りになられるのを、こちらでお待ちしております。――結太様。申し訳ありませんが、もし、先生のお話が長く掛かるようでしたら、またお知らせくださいますか?」


 顔を上げ、真剣に結太を見つめる。

 お安い御用だとでも言うように、結太は笑ってうなずいた。


「ああ、わかった。――じゃ、ブンさん。また後でな」

「はい。お知らせくださり、ありがとうございました」


 安田に背を向け、結太と桃花は、再び校舎に向かって歩き出す。

 桃花は時々、結太の足元をチラチラと窺いながら、斜め後方からついて来ていた。



(……脚のこと、気にしてくれてんだろーな……。べつに、そこまで心配することねーのに。医者の『あと数日』は、もうほとんど治ってるけど、一応念のため――って意味で言ったんだし。オレは帰宅部で、特にスポーツもやってねーし、普通に生活する程度なら、全く問題ねーって話だったしさ)



 ならば、それをそのまま、桃花に伝えればいいではないか。どうして言わないのだ?――結太は、己の心に問い掛ける。


 それは、こうして心配してくれている、桃花の様子を見られることが、嬉しいからだ。

 心配してくれている内は、自分のことを考えてくれている――そう思えるから。もう少しだけ、この状態が続けばいいのに……と、本音では願ってしまうのだった。



(心配しててほしい――なんて、我儘(わがまま)だよな。勝手だって、わかっちゃいるけど……。でも、もう少しだけ。……あと、ほんのちょっとだけでも、こうして、隣にいてほしい。……手を伸ばしさえすれば、手を繋ぐことも、抱き締めることも出来る、そんな距離に。……なーんて。やっぱ我儘、だよな……)



「楠木くん?」


 呼び掛けられ、結太はハッとして立ち止まり、振り返った。

 桃花は、不思議そうに首をかしげる。


「あの……どこに行くの? 教室に、戻るんじゃないの……かな?」

「……えっ?」


 気が付くと、二階から三階へ向かう階段の、一段目に足を掛けていた。

 結太達二年生の教室は、二階にある。三階は、三年生の教室があるだけだ。



(あ……、ヤベっ! 放課後は、屋上でボーっとしてから帰ることが多いから……つい、いつものチョーシで――)



「あー、ごめん。ボーっとしてた。オレ達の教室は二階だもんな。ここでいーんだよな」


 ごまかすためにアハハと笑うと、桃花は何か言いたげな顔で、じーっと結太を見つめている。

 それから、言おうかどうか迷っているかのように、落ち着きなく視線をさまよわせた後、


「え、と……。もしかして、屋上に行こうと……してた?」


 胸の前で両手を重ね合わせながら、そんな質問をして来た。


「――えッ!?」


 まさか、桃花の口から、『屋上』という言葉が出て来るとは。



 この高校では、生徒が勝手に屋上に行くことは、禁止されている。

 用があって行かなければいけない時は、職員室に出向いて理由を告げ、鍵を借りて来なくてはならない決まりだ。その際は、必ず教師も付き添うことになっている。


 この高校の生徒であれば、誰でも知っていることだ。

 それなのに何故、桃花は突然、『屋上に行こうとしてた?』などと、訊ねて来たのだろう。



「あっ、ごめんなさいっ。驚かせちゃったかな?……あの、えっと……。実はね? わたし、秋月くんから聞いて、知ってるの。屋上の合鍵を、秋月くんと楠木くんだけが持ってて、時々使ってる――ってこと」


 申し訳なさそうに、上目遣いで告げる桃花に、結太は、ホッと胸を撫で下ろした。

 べつに、屋上で悪いことをしているわけではないのだから、桃花になら、バレても全然構わない。


 ……ただ、龍生に対しては、


『クッソー、龍生のヤロー! 伊吹さんに話したなら話したで、ちゃんとオレにも教えとけよな! 屋上に行くとこ誰かに見られて、噂にでもなってんのかって、一瞬、ヒヤッとしちまったじゃねーかっ』


 ――と、()ま忌ましくは思ったが。



「そっか。知ってたんだ?……うん。屋上は、オレの避難場所なんだ。避難……つっても、べつにいじめられてるワケじゃねーし、言い方変かもしんねーけど。あそこにいると落ち着く、っつーか、楽なんだよな。晴れた日に、仰向(あおむ)けになって空眺めてたりすると、すっげー気持ち良くて……いつの間にか、眠っちまってたりすることも、あるくれーなんだ」


 そう言って、結太は照れ臭そうに笑う。

 桃花もつられて笑いながら、


「そーなんだ。……いーなぁ。ホントに気持ち良さそう。わたしも、いつかしてみたいな……。屋上で、楠木くんとお昼寝」


 思わず、本音を洩らしてしまった。


「えッ!?――オ、オレとッ!?」


 驚きのあまり、声が裏返ってしまっている。

 桃花は一気に赤面すると、目を白黒させながら、必死に言い訳し始めた。


「ち――っ、ちちち違うのっ!! えっと……えっと、お――っ、お昼寝っ、気持ちよさそーだなーって思っただけなのっ!! 楠木くんとって言っちゃったのはあのっ、楠木くんが鍵を持ってるから――っ!! だからであってっ、決して変な意味じゃなくてっ、あのあのあのぉ~~~っ」


「そ――っ、そ、そそっ、そーかっ、そーだよなっ? あ……、アハハハハハハハッ。だ、ダイジョーブ! ちゃーんとわかってるってっ。アハハハハハハハッ」


「あ――、うんっ。そーだよねっ? わかってくれてるよねっ? アハハハハハハハッ」


 二人はひとしきり笑い合うと、お互い別の方向を向き、相手に気付かれぬよう、ホ~っと息を吐いた。


 それから、結太はどうにか気を取り直し、桃花を振り返ると、ニカッと笑って告げる。


「伊吹さんも、屋上で昼寝したい時とかあったら、遠慮なく言ってくれよなっ? 合鍵、いつでも貸すからさっ」

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