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第3話 龍生と咲耶、大騒動の後教師に連行される

 それから後の出来事は、あっという間だった。


 結太と桃花は、人込みを掻き分け、龍生達のところへ行こうとした。

 だが、辿り着く前に、生徒指導の教師が現れ、生徒達に、早く帰るか部活に行くか、とにかく『散れ!』と号令が掛かったのだ。



 結太も桃花も、それぞれのいるべき場所へ動き出した人の波には、逆らうことが出来ず、階段の前辺りまで押し返されてしまった。


 龍生と咲耶はと言うと、どうやら、生徒指導の教師に、職員室だか生徒指導室だかに、連れて行かれてしまったらしい。

 桃花は真っ蒼な顔で両手を組み、涙ぐみながら結太を見上げた。


「どっ、どーしよー楠木くんっ? 咲耶ちゃんが先生に……先生に連れて行かれちゃったっ」


 結太は一瞬ドキッとし、『ウルウルな瞳が可愛いなぁ』と見惚れそうになったが、ハッと我に返り、今はそんな時じゃないだろと、思い切り首を横に振った。


「……楠木……くん?」


 急に首を振り出した結太に、ビックリしたのだろう。桃花がウルウルの目をまん丸くして、じーっと見つめている。


「いやっ、ごめん! 何でもないっ。気にしなくていーからっ」


 曖昧(あいまい)な笑みを浮かべながら、前に出した両手を左右に振る。

 桃花は小首をかしげたが、結太同様、今は、そんなことを気にしている時ではないと思い直した。


「でも、ホントにどーしよー……。咲耶ちゃん、停学――とかになったりしないよね? 人だかりの中の子達が、キスがどうこうって言ってたけど……そんなことで、停学になんてならないよね?」


「……それは……オレには何とも言えねーけど……」



 付き合っている二人が、たまたま、数人にキスシーンを見られた――というくらいであれば、停学にまではならないだろう。

 ここが、厳しい校風の名門校というのであれば、まあ、それもあり得る話なのだろうが、ここは公立の、どちらかと言えば、校則も厳しくはない高校だ。


 停学まではあり得ない。せいぜい、生徒指導の教師から、厳重注意を受けるくらいだろう。



 しかし、それでも懸念(けねん)があるとすれば、あの二人が、学校内の有名人同士ということと、キスシーンが、大勢に見られてしまった、という点だろう。

 影響力の強い二人が、数人どころではなく、十数人、もしくは、それ以上の生徒達の前で、隠れてでもなく、堂々とキスシーンを見せつけてしまった……というのは、大問題にされかねない事案なのかもしれない。



「正直、オレにもどーしたらいーのかわかんねーけど……。もう校門前に、ブンさんが迎えに来てると思うんだ。龍生が今日、オレと一緒に車で帰るつもりなら、理由言って、待っててもらわなきゃいけねーし……。オレ、ちょっと行って来るよ。伊吹さんも、保科さん待ってるんだろ? オレもそれまで付き合うから、教室かどっかで、待っててくんねーかな?」


「えっ?……あ……う、うん」


 桃花がコクリとうなずくと、結太は、『じゃ、行って来る』と言って(きびす)を返した。

 ――が、その様子に、なんとなく違和感がある。何だろうと、理由を考え始めた桃花の頭に、パッとあることが浮かび、慌てて顔を上げた。


「そー言えば楠木くん、脚はっ? 脚は、もうダイジョーブなの? どーして今日、松葉杖使ってないの? 昨日だって、脚が痛くなっちゃったから、お休みしたんでしょう? なのに、さっきもあんなに走ったりして……」



 ――そうなのだ。

 結太が松葉杖で登校するようになってから、十日以上経つが、学校では可能な限り、桃花が手を貸していた。


 けれど今日は、昨日のことや今朝のことで、頭がいっぱいだった。なるべく結太を見ないように、関わらないようにと、過ごしてしまっていたので、すっかり忘れていたのだ。



(ヤダもー、わたしのバカっ! こんな大事なこと、今まで忘れちゃってたなんて……。今日一日、楠木くん、過ごしにくくなかったかな? 松葉杖もなしで、わたしも、手を貸すの忘れちゃってて……。ホントにもうっ、わたしったら、自分のことばっかり。こんなんじゃいつまで経っても、楠木くんに『好きです』なんて、伝えられないよ。そんな資格ない……)



 桃花は意気消沈(しょうちん)した上に、自己嫌悪にまで(おちい)っていた。

 好きな人が怪我していることをすっかり忘れ、気まずいからと、関わらないようにしていたことを、心から恥じた。


 だが、桃花の声で振り返った結太は、『あー……』と言ってから頭を掻き、


「そー言や、そーだったっけ。すっかり忘れてた。ハハハッ」


 そう言って、あっけらかんと笑った。


「わ……忘れてた、って……」


 桃花は結太をポカンと見つめた後、数回瞬きする。

 自分の怪我のことを忘れていたなんて、そんなことがあるのだろうか?


「いやっ、医者には、『あと数日もすれば、松葉杖なしで歩ける』って言われたんだけどさ。朝になったら、痛みなんてちっとも感じねーってくれーに、良くなってたんだ。だからもう、松葉杖なんかなくても、平気かなーって思って」


 ヘヘヘと笑い、再び頭を掻く結太に、桃花は心配になって言い返す。


「そんな――! ダメだよ、自己判断でそんなことしちゃ。お医者様には、『あと数日』って言われたんでしょう? だったら、それまでは、ちゃんと松葉杖使わなきゃ。治るものも、治らなくなっちゃうよ?」


「う~ん……。まー、そーなんだけど……」


 照れ臭そうに苦笑する結太に、桃花は軽くため息をついて、


「じゃあ、わたしも、安田さんのところまでついて行くね? 途中で痛くなっちゃったら、大変だし」


 もう決めたことのように告げると、結太の隣に立った。

 結太は慌てて、『一人でダイジョーブだから』と伝えたが、桃花は頑として譲らない。――普段は控えめな少女なのだが、一度決めてしまったら、てこでも動かないのだ。


 ほとほと困り果て、結太は、また頭をポリポリと掻いたが、結局は、桃花の申し出を受け入れ、共に、校門前まで行くことになった。

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