第17話 龍生、校門前で咲耶と桃花を待ち構える
翌日の朝。
咲耶と桃花が揃って登校すると、校門の前で龍生が待ち構えていた。
電車通学の咲耶達とは違い、いつもなら、車で悠々と登校して来る龍生だ。二人より早く学校に来ているというのは、珍しいことだった。
ちなみに、誘拐事件も無事片付いたというので、咲耶は再び、桃花と二人で登校している。
龍生は、事件解決後だろうと関係なく、共に登下校したがったが、咲耶が、
「いやだ! 私は、桃花と二人きりで登下校する! 昼食は一緒なんだから、べつに問題ないだろう?」
と拒否したのだ。
龍生は軽くショックを受け、二度ほど『考え直す気はないか?』と、咲耶に迫った。
しかし、彼女の意志は固く、決定を覆すことは出来なかった。
……が。
龍生は、転んでもただでは起きない男だ。
共に登下校しないことを受け入れる代わりに、“休日は、なるべく共に過ごす”ということを、咲耶に約束させた。
その、ただでは起きない男、龍生が、何故か早めに登校して来ている。
咲耶も桃花も、どうしたのだろうと訝しく思いながら、龍生に近付いて行った。
「おはよう、咲耶。伊吹さん。――電車の到着時刻は、正確で助かるよ。お陰で、あまり待たずに済んだ」
龍生はそう言って笑ったが、咲耶は首をかしげて。
「どうしたんだ、秋月? こんなに早く学校に来ているなんて、珍しいじゃないか。どういう風の吹き回しだ?」
「ああ、実は……結太のいないところで、伊吹さんに、話しておかなければいけないことがあったんだ。昼休みでは、結太も側にいるし、話しにくいと思ってね。少し早めに来た」
「えっ? わたしに話したいこと、ですか? それも……楠木くんのいないところで?」
学校に着いて早々に話を振られ、桃花は驚き、目をぱちくりさせた。
龍生は軽くうなずき、
「そう。結太のいないところで。――実は昨日の夜、結太に電話したんだが、その時に、以前、伊吹さんから頼まれたことを伝えたんだ」
「――へ?……わたし……何か頼みましたっけ?」
どうやら、思い出せないらしい。桃花は、きょとんとしたまま首をかしげた。
「なんだ、覚えていないのかい? 俺と咲耶が誘拐された時のことを、君に話した日があっただろう? あの時君は、結太の携帯番号を教えてくれないかと、俺に頼んで来たじゃないか」
「あっ――」
すぐさま思い出し、桃花はポッと頬を染める。
そう言えば、ありったけの勇気を振り絞り、結太の電話番号を教えてくれないかと、龍生に頼んだのだった。
今思えば、よくもそんな、大それたことを言えたものだと、桃花は自身で感心してしまった。
「昨夜、それを思い出してね。ついでだから、結太に教えたんだ。そのことを、一応、君にも伝えておいた方がいいと思って」
「………………ひゃぇっ?」
しばしの沈黙の後、桃花は奇妙な声を上げた。
瞬く間に、首元から顔全体を、真っ赤に染めて行く。
「お――っ、お、おおおお教えたっ――って、な、何をですかっ?……まっ、まさか――っ」
「ああ。君が、結太の電話番号を知りたがっていた……とね。ちゃんと伝えておいたから、安心してくれ」
ニッコリと微笑む龍生に、桃花は、
(『安心してくれ』――って、何をですかぁああああああッ!?)
目を白黒させながら、心の内で絶叫した。
「なっ、なな――っ、なっ、なんでですかっ? なんでっ、今頃になって、そんなこと楠木くんに――っ!?」
「何故って……知りたいんだろう?」
「そ――っ、そっ、それはっ、……そう……です、けど……でもっ、楠木くんには自分で訊けって――っ、い、言ってたじゃないですかっ! なのにどーして……っ」
「うん。だから、俺から教える気はないよ? 俺は、君が“知りたがっていた”ことを、結太に伝えただけだ。後は自分で訊いてくれ」
「――ひ……っ?」
桃花は、しゃっくりのような声を上げて固まった。
目はまん丸く見開かれ、可愛らしい小さな口は、半開きのままだ。
「桃花?……お、おいっ、どーした桃花っ?……なあっ、どーしたんだよっ!? しっかりしろっ!……桃花?……おいっ、桃花っ!……も……桃花ぁああああーーーーーッ!!」
最初の内、咲耶は桃花の顔前に片手をかざし、ひらひらと振ったり、肩をポンポン叩いたりしていた。
しかし、それでも反応が返って来ないと知るや、両肩にガッシと手を置き、思い切り揺さぶって、何度も何度も呼び掛ける。
叩いても揺さぶっても、固まったままの桃花に、咲耶は泣きそうになりながら、龍生のことを睨みつけた。
「秋月ィイッ!! 貴様っ、なんってことをしてくれたんだ!? 消極的な桃花に、『自分で携帯番号を訊け』――だなんて、よくも言えたもんだなッ!? おまえは鬼かッ、悪魔かッ!? 控えめで純情可憐な桃花に、なんてゆー無理難題を押し付けてくれやがったんだっ、この人でなしィイイイーーーーーッ!!」
好き放題言い放ってから、咲耶は桃花をひしと抱き締め、再び龍生をギッと睨んだ。
龍生は、かろうじてポーカーフェイスを保ちながら、
(……まさか、たかだか携帯番号を訊くか訊かないかの話で、ここまで酷く罵られる羽目になるとはな。……『鬼』? 『悪魔』?……『人でなし』? そこまで言われなければならないほど、冷酷なことを言ったのか、俺は?)
半ば呆れ、半ばショックを受けつつ、片手で額を覆う。
咲耶にとって、自分は何なのだろう? 本当に、恋人だと思ってもらえているのだろうか?
そんな疑問すら、浮かんで来てしまった。
とにかく、そんな感じで――桃花を抱き締めたまま、龍生を睨む咲耶と、黙って立ちすくむ龍生の姿は、数分の間、登校して来る生徒達と、既に校舎の中にいる生徒、教師達の目にも晒されていた。
その上、特に小声にすることなく、話されていた内容は、近くにいた生徒達に、丸聞こえだった。(当然、皆、聞き耳も立てていたのだが)
更に運悪く、桃花のクラスメイト数人も、その時近くにいたので、
「えっ?……伊吹さんが、楠木くんの携帯番号を知りたがってる?……楠木くん、って……あの、いつも不機嫌そうな顔してる人?」
「あの……教室ではいつも一人の、あの楠木くん?……って……えっ? 伊吹さんって、楠木くんのことが好きだったのっ!?」
……と、すぐにバレてしまったのだった。
桃花は、『伊吹さんって、楠木くんのことが好きだったのっ!?』という声で我に返り、慌てて周囲を見回した。
すると――……。
顔。顔。顔。
どちらを向いても、“好奇心満々”の視線が、桃花達に注がれていた。
『注目されている』
『結太が好きだと言うことを、こんなにも大勢の人達に、知られてしまった』
それを覚った瞬間、カーッと頭に血が上り、桃花は、
「う――っ」
という声を洩らした後、咲耶の腕の中からするりと抜け出し、真っ赤な顔を両手で隠して、
「わぁああああああああーーーーーーーーんっ」
動揺した声を上げつつ、逃げるように、校舎の中へと駆けて行ってしまった。
咲耶も、『あっ。――待ってくれ桃花ッ!!』と呼び掛けると、慌てて後を追おうとしたが、途中で立ち止まり、くるっと龍生を振り返って、
「おまえのせいだぞバカ秋月ッ!! 後で、ちゃんと桃花に謝れよっ!? でないと絶交だからなッ!?」
とだけ言い置き、校舎内へと消えた。
一人残された龍生は、
「……絶……交……」
呆然とつぶやき、しばらくその場から動けなかった。