第16話 結太、龍生からの誘いに胸を躍らせる
数分ほど他愛のない話をした後、『じゃーな』と言って、結太は電話を切ろうとした。
「あ――。待て、結太。おまえに、伝え忘れていたことがある」
受話器ボタンの上に親指を持って行っていた結太は、龍生の声がしたとたん、慌てて指をどかし、耳元にスマホを当てた。
『ん? なんだよ、言い忘れてたことって?』
「ああ。実は、数週間くらい前のことだったと思うんだが、伊吹さんから、おまえの携帯番号を教えてくれないかと頼まれてな」
『えッ!?――お……オレのケータイバンゴーを?……伊吹さんがッ!?』
「ああ。その時は、おまえに確認を取っていないから、俺からは教えられないと答えたんだが――」
『ええーーーッ!? 断ったのかよ!? せっかく、伊吹さんが訊ーてくれたってーのに!?』
結太は不満そうな声を上げる。
龍生は涼しい顔のまま、
「よかったのか、勝手に教えて?――おまえのことだ。いきなり伊吹さんから連絡があったら、緊張しまくって、上手く話せないに決まっているだろう? 舞い上がって、妙なことを口走ってしまわないよう、せめて、心の準備くらいはさせてやらなければと思ったんだが……余計なお世話だったか」
などと言い、結太の様子を窺った。
結太は、『うぅ……う、――ぐぅ……っ』と小さく唸った後、大きなため息をつき、
『まあ……確かに。……あり得ねーことではねえ――けど……』
悔しげにしていつつも、素直に龍生の言うことを認める結太に、龍生はフッと笑みをこぼした。
「だろう? だから伊吹さんには、『本人から教えてもらった方がいい』と伝えておいたんだ。そのうち、彼女が訊いて来るかもしれないから、覚悟だけはしておけよ?」
『そ――っ、……そっか。うん、わかった! 訊かれた時、舞い上がって妙なこと言っちまったりしねーよーに、心の準備しとく!』
真剣な口調で答える結太だったが、『あっ』と短く声を上げると、
『……けど、オレのケータイ番号知りてーなんて、どーして思ってくれたんだろ? 伊吹さん、クラスではなんか、いつも一人でいることの方が多いんだよな。自分から、男に声掛けたりしてるとこなんかも、見たことねーし……。なのに、どーしてオレなんかの……?』
ここで、『もしかして、オレのこと好きなのかな?』――という風にならないのが、結太らしいところだ。
男なら、まず、好意を持ってくれているからかと、考えてしまうと思うのだが……。
龍生も、『好きだからじゃないか?』と、よほど言ってやろうかと思った。
しかし、桃花の気持ちを、本人の許可なく伝えるのは、やはりマズいだろうと考え直し、
「さあ? そういうことは、本人に訊けよ。ここであれこれ予想したところで、事実かどうかなんて、確かめようがないんだから。考えるだけ無駄だ」
とだけ言っておいた。
結太も納得したようで、『ん……。まあ、そーだよな』とつぶやいた後、今度こそ、『じゃーな』と言って電話を切った。
龍生は、スマホをサイドテーブルの上に戻し、再びベッドに寝転がる。
明日、『電話番号を知りたがっていた』と結太に話したことを、一応、桃花に伝えなければなるまい。
桃花にその話をされてから、かなり経つと言うのに、まだ訊いていなかったということは、放っておいたら、この先何ヶ月も訊かないまま……ということもあり得るからだ。
期待だけ持たせておいて、結局訊かれませんでした――では、結太があまりにも可哀想過ぎる。
「まったく。いつまでモタモタしているんだ、あの二人は?」
思わず、本音が漏れる。
もうとっくに両想いだというのに、結太も桃花も消極的なせいで、全然進展しないではないか。
二人を見ていると、
「おまえ達、両想いだぞ?」
と教えてしまいたくなる。
それでも、他人から伝えられたのでは、恋の醍醐味も何もないだろうと思い、必死に堪えているのだ。
(結太がもう少し、自分に自信が持てればいいんだが……。顔だって性格だって、そこまで悪いわけでもないのに、何故、あそこまで卑屈になれるんだか……。オレにはさっぱりわからん)
結太が、イマイチ自分に自信が持てないのは、すぐ傍に、高スペックな龍生がいるから――というのも、理由の内のひとつなのだが。
結太のことは、何でもわかっている気になっている龍生も、そのことにだけは、気付けないようだった。
しばらくの間、じっと天井を見つめていた龍生は、急にハッと目を見開き、起き上がって、
(そう言えば、結太……『告白するのにいい場所』を知らないかと、前に言っていたよな。〝いい場所〟など知らんが……なるほど。なければ、造ればいいだけのことか)
ニヤリと笑い、またスマホへと手を伸ばす。
今度は結太ではなく、鵲に電話をすると、
「ああ、鵲。お祖父様は、まだ起きていらっしゃるか?……ああ、そうか。それでは、これから俺がそちらへ伺うと、お祖父様にお伝えしておいてくれ。……ああ、そうだ。これからだ。……ん。では、頼んだぞ」
用件だけ伝え、さっさと切った。
龍生はドアへと向かいながら、
(お祖父様も、こういう話には、絶対乗ってくるはずだ。〝コイバナ〟とやらが、聞きたくて仕方ないらしいし、な……)
フッと笑って、ドアノブを掴む。
どうやら、結太のために、〝告白する場所〟を提供するつもりでいるらしいが……。
それがどういうものであるのかは、この時点では、まだ謎のままのようだ。