第13話 結太、空を見上げて物思いにふける
購買で買ったパンを食べ終えた結太は、屋上のフェンスに寄り掛かり、ボーっと空を眺めていた。
(……ハァ。今日も伊吹さんは可愛かったなぁ。……って言っても、盗み見しか出来てねーけど)
そうなのだ。
告白の予行練習を目撃されてしまって以降、結太は、桃花の顔をまともに見られなくなってしまった。
同性愛者と誤解されているのかと思うと、どうしても気が重くなってしまうのだ。
(それに……伊吹さんはもう、龍生の彼女なんだよな。お試しとは言え、さ……)
一気に表情が曇る。
お試し期間がいつまで続くのかは不明だが、一日だろうと一週間だろうと一ヶ月だろうと、桃花にとって、龍生が〝初めて付き合った男〟ということになるのだ。気分が良いわけがなかった。
(龍生は『お試しはお試しだ。実際に付き合った内には入らない』とか言ってたけど、そーゆーもんかなぁ? オレはまだ、誰とも付き合った経験ねーから、その辺の感覚って、よくわかんねーんだよな)
それに龍生は、お試しで付き合うことを決めたのは、『おまえのため』と言っていた。
結太と桃花の接点を増やし、誤解を解いて、告白しやすくするためだと。
だが、桃花はどうなのだろう。
本当に、龍生のことが好きではないのだろうか?
龍生は、『伊吹さんも、俺のことを好きなわけじゃない』と言っていたが、それは、龍生が勝手に、そう捉えているだけではないのか?
結太はその場にいなかったので、龍生が、桃花の気持ちをきちんと確かめたかどうかまではわからない。
わからないが……。
そもそも、ほんの少しも好きという感情がない相手から、いくらお試しであろうと『付き合おう』などと言われたら、普通は断るのではないだろうか?
断らなかったのは、やはり、好きという感情が、多少なりともあるからではないのか?
それに、即座に付き合いたいと思うほど、好きな相手ではなかったとしても、お試しで付き合っていくうちに、本当に好きになってしまうことだってあるかもしれない。
相手は龍生なのだ。
顔良し、頭良し、家柄良し、スタイル良しという、向かうところ敵なしの、あの龍生なのだ。
桃花が好きにならないという保証など、どこにもないではないか。
(そうなる前に、誤解解いて告白しろってことなのか?……いや。けど、もう手遅れだったら? とっくに龍生のこと好きになっちまってたら、どーすりゃいーんだ? 接点増えたところで、辛さ倍増するだけじゃねーか)
そこまで考えて、ハッとした。
……まただ。
また、悪い方にばかり考えてしまっている。
いつだってこうだ。
自分に自信が持てないせいで、結局、いつも何かしら諦めたり、落ち込んだり、文句を言ったり、拗ねたり、いじけたり、絶望したりを繰り返している。
もっと自信を持ちたいのに、どうしたらそうなれるのかがわからない。
(……そりゃ、龍生くらい全て揃ってたら、何に対したって自信持てるんだろーけどさ。オレなんて、生まれつきの不機嫌顔で、何もしてねーのによく怖がられるし、そのくせ童顔だし、背だってそれほど高くねーし、頭も中の下くれーだし、性格だって、特に良いわけでもねーし………………って、あーっもう! これがいけねーんだよ、これがっ!!)
結太は、マイナス思考を吹き飛ばそうとでもするかのように、思い切り頭を振った。
どれくらい思い切りかと言うと、犬がびしょ濡れの毛を乾かそうとする時くらいの勢いだ。
そのせいで、結太は頭がクラクラし、後ろのフェンスに、思い切り倒れ込んでしまった。――と同時に、頭を強く打ち付ける。
「イッ!……テテテテ……」
後頭部をさすりさすり、顔をしかめていると、
「おまえはさっきから何をやっているんだ? 百面相をしているかと思ったら、今度は頭を振り始めるし」
頭上から、聞き覚えのある声が降って来た。
振り仰いでみると、やはり龍生だ。
「龍生。……珍しいな、おまえが屋上に来るなんて」
普段なら、教室で弁当を食べている頃だ。(ちなみに、龍生の弁当は宝神が作っている。重箱三段の豪華弁当だ。男性にしては小食である龍生には、平らげるのは結構キツイ。しかし、宝神が良かれと思って持たせてくれるものを、食べ残すのは忍びない。――ということで、毎回クラスから希望者を募っては、半分以上、食べてもらったりしているらしい)
「おまえに用があったから、わざわざ出向いてやったんだ。――結太。連休中、最後の日曜は暇か?」
「……は? 日曜?……って、何? 何かあんのか?」
龍生の方から、休日に誘って来るとは珍しい。
結太は龍生をじっと見たまま、首をかしげた。
「ああ。デートをしようと思ってな」
「ふーん、デートねぇ。……って、ん?……でっ、デートぉおおッ!?」
思ってもいなかった言葉にギョッとし、声が裏返ってしまう。
「でっ、で、ででっ、でえとって、えっ?……だ、誰が? 誰とっ?」
「俺が、伊吹さんと」
「おっ?……お、……あぁ……。伊吹さんと、龍生が――ね……」
結太はガクリと肩を落とした。
べつに、わざわざそんなこと教えに来なくていーのに……と思ったのだ。
「い、いーんじゃねーの?……二人、お試しで付き合ってんだし。デートでも何でも、好きにすりゃいーじゃん」
ある程度は覚悟していたこととは言え、実際に『デートする』などと聞かされるのは辛いなと、結太は思わず目をそらした。
「何を言っているんだ? おまえも来るんだよ。決まっているだろう?」
「…………へっ?」
驚いて視線を戻すと、龍生はニッと笑って。
「何のために、伊吹さんとお試しで付き合っていると思っている? 言っただろう、おまえのためだと?」
「……そりゃ、まあ……聞いたけどさ。……でもそれって、おまえらのデートに、オレがついてくってことだよな? 邪魔者感、ハンパなくねー?」
伊吹さんに、悪く思われないだろうか?――とにかく結太は、そのことだけが心配だった。
「誰が三人でと言った? 伊吹さんには、保科さんがついて来ることになっている。心配するな」
「……はっ!? 保科って、あの保科? 昨日、おまえん家に一緒に行った――」
「そうだ。その保科さんだ」
「……え?……えぇ……っと? それって、つまり……」
(Wデートってことか?)
そう思って見つめると、龍生は満足げにうなずく。
「俺と伊吹さん。おまえと保科さん。いわゆる、Wデートってやつだ。――あくまで表面上は、な」
……表面上?
疑問に思って見返す結太だったが、龍生はそれ以上語ろうとせず、『じゃあな。連休最終の日曜だ。忘れるなよ』と念押しし、屋上から去って行った。
一人残された結太は、
(Wデート……って、いきなりそんなこと言われてもっ!……ってか、デートって何着てけばいーんだっ? デートって、どこ行くんだよ!?……デートって……しかもWって!……うわーーーっ!! どっ、どーすりゃいーんだぁああーーーーーッ!?)
初めてのデート。その上、初めてのWデートのプレッシャーに、パニックを起こしていた。