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第15話 龍生、恋人を見送った後自室で考え込む

 夕食後、咲耶は安田の運転する車で、自分の家に帰って行った。


 その日、最後に見た咲耶は、帰りしなに宝神から渡された、お菓子の詰め合わせが入った紙袋と、書庫で見つけた、敬愛する作家の小説を数冊、両手で大事そうに抱え、満足そうに微笑んでいた。

 その笑顔は、龍生が今まで見た中で、最高と言ってもいいくらいに輝いていて、幸せそうで……。


 自室のベッドに寝転がりながら、その時のことを改めて思い返した龍生は、複雑な心境で、僅かに顔を(ゆが)めた。



(俺といる時より、菓子の詰め合わせと、好きな作家の小説を前にした時の方が、よほど幸せそうに見えるというのは、問題じゃないか? 俺は、菓子とGL小説より(おと)るのか? 咲耶にとって、俺は、その程度の存在でしかないのか?)



 自分と物を比べてみても、仕方のないことだと、頭ではわかっているのだが……。


 どうしても、胸の奥のモヤモヤを取り払うことが出来ず、龍生はイラついていた。


 しかし、いつまでもそんなことを考えていても、らちが明かない。ひとつ大きなため息をついてから、むくりと起き上がり、サイドテーブル上のスマホに手を伸ばした。



 連絡先から結太を選択、タップして耳元に当てる。三回ほどの呼び出し音の後、結太の声がした。


『龍生?……なんだよ、何か用か?』


「ああ、まあな。おまえに、少し頼みたいことがあるんだ」


『は? 〝頼みたいこと〟?……って、何だよ?』


「夏休みは暇か?」


『夏休み?……いや……、べつに、特に予定なんかねーけど……』



 大学受験をする気でいるのなら、高校二年の今からでも、それに向けての勉強の時間を、どのくらい取るか、考えなくてはいけないのだろう。

 しかし、結太は今のところ、大学に進学しようとは、考えていなかった。

 料理の専門学校にでも行き、料理人になろうか――と、なんとなく思っている程度だった。


 母親の菫も、『無理してでも大学へ行きなさい!』などとは、絶対に言わないタイプだったので、その点は気楽なのだ。


 龍生は龍生で、大学受験に向けての勉強をする予定は、全くなかった。

 常にトップクラスの成績であったし、ある理由により、そこまで必死に、良い大学を目指す必要性が、感じられなかったのだ。



「だったらちょうどいい。また無人島へ行くぞ」


『――はっ? 無人島……って、あの? この前行ったばっかの……別荘がある方の、無人島のことか?』


「そうだ。――いいだろう、暇なんだから」


『う――っ。……そりゃ、まあ……暇だけど』



 結太は、『無人島に、一緒に行ってくれないか?』ではなく、『無人島へ行くぞ』という言い方が、いかにも龍生らしいなと、苦笑いする。



『けど、誘ったのってオレだけじゃねーんだろ? どーせ保科さんも一緒だろ?』


「ああ」


「チェ~ッ。まーたお邪魔虫かよ、オレ? 正直言って、見せつけられんのは御免(ごめん)なんだよな……」



 不満な様子を隠そうともせず、ブツブツとつぶやく結太に、龍生はフッと笑って。



「安心しろ。また、伊吹さんも一緒だ」


『えッ!?……い、伊吹さんもっ!?』


「ああ。たぶんな」


『たぶんん~~~っ?』


「伊吹さんのことは、咲耶が誘ってくれる予定なんだ。まだ誘ったという報告は受けていないからな。今の時点では、保留(ほりゅう)というだけだ。咲耶が誘えば、きっと来るだろう」


『そ……そっか。……そー……だよな』



 結太の言葉が途切れる。

 きっと、〝伊吹さんに無人島で告白する計画〟でも、密かに練り始めているのだろう。

 ……いや。ただ単に、妄想しているだけかもしれないが。



「おい、聞いてるのか? まだ話は終わっていないぞ」


『……へ?……あ~……。あっ、ああ!――だっ、ダイジョーブ! ちゃんと聞ーてるって!』



 今、夢から()めたかのように、ぼんやりとした声で答えた後、結太は慌てて言い張る。

 龍生は、軽くため息をついてから、次の話題を振った。



「では――、今日、伊吹さんを(まじ)えて話し合われた、誘拐事件のことを、一応伝えておくぞ」



 そう言って、龍生は、先ほどまで客間で話し合われていた、〝五十嵐信吾や、実行犯二名の処遇について〟の報告をし始めた。



 結太は最後まで、だいたいのことは大人しく聞いていたが、信吾も実行犯二名も、警察に連れて行かれないことを知った時は、さすがに声を(あら)らげた。



『はあッ!? なんだよそれっ!? 結局、そーゆーことになっちまったのかよ!? 誘拐事件起こした犯人が、誰も警察に突き出されねーって……おかしーだろ、どー考えてもッ!? 伊吹さんは、あんな怖い目に遭ったんだぞ!? 大粒の涙、ポロポロこぼして……怖かったって、震えてたんだぞ!? それを――っ』


「落ち着け、結太。……仕方ないだろう。そうすると決めたのは、伊吹さん自身なんだ。俺も咲耶も、『本当にそれでいいのか?』と、何度も訊いた。だが、信吾や、その妻の話を聞いた後、彼女は、すごくスッキリした顔で、『警察には行きません』と言って、笑ったんだ。『同情しているわけでも、無理をしているわけでもない』『本当にもういいんだ』――とね」


『……そんな……。伊吹さん……』



 結太は、しばし絶句した。



 結太が駆け付けた時、桃花は心底怖がっていた。夢中で結太にしがみつくくらい、本気で怯えていた。

 体も震えていたし、あんなに泣きじゃくっていたのに……。



 それが、『もういい』などとは……。



 結太は、今日の話し合いの場に、自分がいられなかったことを()いた。

 その場にいれば、もう少しは、桃花の感情の移り変わりを、理解出来たかもしれないのに。



 黙り込んでしまった結太が、次の言葉を発するのを、龍生は根気強く待ち続けたが、数分も過ぎると、さすがに耐え切れなくなった。



「結太。ひとつ言っておくが――」


『……ん?……なんだ?』



 思ったより張りのある声が返って来て、龍生はホッと息をつく。



「見掛けによらず、伊吹さんは――きっと、俺達が思っている以上に――強い女性(ひと)だと思うぞ」



 一拍(いっぱく)の間が開いた後、結太は、まるで、自分が褒められた時のように嬉しそうな声で、



『ああ。……知ってる』



 そう言って、ヘヘっと笑った。

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