第12話 桃花、車中で兎羽と楽しく語らう
桃花の家に向かう車の中で、兎羽はいろいろな話を聞かせてくれた。
東雲のシスコン度が強いせいで、しょっちゅう迷惑を被っていたこと。
鵲と東雲は幼馴染で、自分もかなり世話になったこと。そして鵲は、〝もう一人のお兄ちゃん〟的存在なのだということ。(『この話を聞かされてたら、鵲さんは、かなり複雑な気分になっちゃってただろうな』と、この時桃花は思っていた)
誘拐事件の時は、確かに驚いたけれど、信吾や子分の者達が、兎羽に酷い真似をするようなことは、全くなかったこと。
むしろ、すごく丁寧に接してくれ、閉じ込められていること以外は、驚くほど快適だったこと。
父親のしていることを途中で知らされた仁も、すぐに駆け付け、心から謝罪してくれた上に、
『すぐにでも、こんなことはやめさせるから』
と言ってくれたこと。
事件後、一応念のためにと、龍之助がボディガードを派遣してくれ、そのボディガードが堤だったこと。
初めの内は、無口で無表情な堤に、近寄り難さを感じていたこと。
それでも、接している内に、彼の不器用な優しさに気付き、どんどん惹かれて行ってしまったこと――。
「怜さん――……あ。堤のことね。名前が怜っていうんだけど……。フフッ。体が大きくて男らしい人には、あまり似合わない名前でしょう? 怜さんもね、最初は名前で呼ばれるの、すごく嫌がってたんだけど、私がメゲずに呼んでたら、『おまえだけ、特別に許してやる』って。……ウフフフッ。何だかいいわよねー、〝特別〟って響きっ」
運転しながら、兎羽はくすぐったそうに笑った。
彼女の幸せそうな横顔を見て、桃花は、『本当に、好きで堪らないんだなぁ……旦那様のこと』などと、ボーっと考えていた。
すると兎羽は、チラッと桃花の方を窺い、
「ヤダ。ごめんなさいね。さっきから、私の話ばっかりしちゃって。……えぇ……っと……。桃花ちゃんは今、好きな人とかはいないの?」
「――ふぇッ!?」
いきなりの質問に、桃花の心臓はドクンと跳ね上がる。
聞き役に徹していたので、こういう展開になることは、予想していなかったのだ。
「すっ――、すすすすすっ、す、好きな人――っ、ですかっ?」
異常なほどどもる桃花に、兎羽は即座にピンと来た。
「あーっ。その慌てようは、いるってことね?――ねえねえ、どんな子? 絶対誰にも言わないから、教えてもらえないかしらっ?」
運転に集中しなければとは、一応、兎羽も思っているのだろう。
しかし、好奇心はどうしても抑えられないらしく、彼女は何度も、チラッ、チラッと、桃花に視線を送って来る。
桃花は真っ赤な顔でうつむき、
「い、いえっ、あのっ――。す、好きって言っても、わたしっ、その……。好きってことに気付いたのも、まだ最近のことでっ。き、気持ちの整理も、ちゃんと出来てない状態っ、と申しますか、あのそのっ、えっとっ――」
季節は初夏とはいうものの、まだ夜になると肌寒く、今も、特に暑いというわけではなかった。
それなのに、桃花の顔も体も、まるで、適温より二~三℃高い温泉に長いこと浸かり、のぼせてしまった時のような肌色をしていた。
兎羽は、隣でひたすらに恥じらう、可憐な桃花の姿を確認すると、フッと微笑む。
「あらあら。……そっか。じゃあ、まだ始まったばかりの恋なのね。……で? その、最近好きだと気付いた人って?……もしかして、龍生さ――」
「違いますっ!!」
くるっと兎羽に顔を向け、言葉尻に被せる勢いで、桃花はきっぱりと否定する。
兎羽はクスクス笑い、
「あら、そうなの? それはごめんなさい。……でも、妙に強く否定するのね? もしかして、龍生様のこと嫌いなの?」
「えっ?――あっ、いえっ!! 嫌いってわけじゃ――っ!……ただ、あの……秋月くんは、咲耶ちゃんの恋人ですから……誤解があっちゃ、いけないと思って……」
強く否定し過ぎるのも、失礼だったろうかと、桃花はたちまち後悔し、所在なさげに体を縮こませた。
「ああ……。そっか。そうよね。お友達――ええと……あっ、そうそう。咲耶ちゃんだっけ。咲耶ちゃんと龍生様が……恋人同士、かぁ……。ハァ~、そっかー。……とうとう、龍生様にも恋人が……。私も年取るわけよねー。早いなー……」
兎羽は一瞬、遠くを見るような目つきをしてみせてから、しみじみとつぶやく。
そう言えば、兎羽は昔から、龍生の〝ファン〟なのではなかったか。
そのことは、攫われた廃屋から秋月邸に向かっている車中で、こっそりと(咲耶に気付かれないように)結太が教えてくれていた。
ファンとしては、咲耶のことをどう思っているのだろう?
気になって訊ねてみると、
「え? 龍生様の恋人として、咲耶ちゃんをどう思うか?……う~ん……そうねー……。咲耶ちゃんとは、まだあまり話せてないし、ハッキリしたことは言えないけど、とにかく〝綺麗な子〟だな~って思ったわ。龍生様と並んでも全然引けを取らない子なんて、滅多にいるものじゃないから、単純にビックリしちゃった。ホント、怖いくらいお似合いよね」
感心したように、何度もうなずく。
親友のことを褒められ、桃花はすっかり嬉しくなってしまった。
「そうなんです! 咲耶ちゃんはすごいんです! 綺麗なだけじゃなくって、勉強もスポーツも、何でもトップクラスだし、優しいし、頼り甲斐があるし、あれだけ綺麗なのに全然気取ってないし、鼻に掛けたりもしないし……。小さな頃から、ずっとずっと、咲耶ちゃんはわたしの憧れなんです!」
一気に思っていることを伝えてしまうと、桃花はハッと息を呑み、またしても顔を赤らめてうつむいた。
咲耶がどれだけ素敵な子かを、龍生のファンの人にもわかってほしくて、つい、熱くなってしまった。
兎羽に呆れられてしまっただろうかと、ドキドキしていると、
「……そう。桃花ちゃんがそこまで熱弁振るっちゃうほど、素敵な子なのね、咲耶ちゃんって」
呆れるどころか、兎羽は深く感じ入ったようにつぶやいた後、聖母かと錯覚するほど、優しい笑みを浮かべた。
数分後。
桃花の家の前で、兎羽は車を停車させた。
何度も礼を言い、桃花が車から降りると、兎羽は車中から手を振って、
「じゃあね。おやすみなさい、桃花ちゃん。機会があったら、またお話聞かせてね?――今度こそ、〝好きな子〟の話とか……ね?」
そう言い置くと、軽くウィンクして去って行った。
車が見えなくなるまで見送った後、
(……〝好きな子〟の話……か……)
改めて考えてみると、すぐさま、脳裏に結太の顔が浮かんだ。
桃花は再び顔を赤らめ、両手で顔を覆うと、『ふやぁあああっ』という奇声を発し、その場にうずくまった。