表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
254/297

第10話 桃花と咲耶、罰の話をあえてスルーする

 龍之助が言う、『司法に(のっと)った罰とは、少々違う罰』。

 それはいったい、どういうものなのか。


 咲耶も桃花も、すごく気になりはしたが、首を突っ込んではいけないことのような気がして、それ以上、訊くことはやめておいた。


 ――とにかく、無罪放免ではないのだそうだから、それでよしとすることにしよう。


 二人は、そうやって己を納得させると、互いに顔を見合わせ、どちらともなくうなずき合った。



 龍之助は、ぐるりと一同を見回してから、


「うむ。では、実行犯二人の処罰などは、こちらに任せてもらうとしよう。後は、信吾に対しての処罰だが――。……伊吹さん、本当に構わんのだね? 誘拐事件のことを、警察に知らせずとも?」


 もう一度、確認のため、桃花に訊ねる。


 桃花は即座に『はい』と答え、にこりと笑った。

 その笑顔からは、迷いの色は感じ取れない。


 釣られるように、龍之助も、穏やかな笑みを浮かべる。

 再び一同を見回し、『それでは――』との言葉の後、カッと目を見開くと、


「これにて、一件落着ッ!!」


 いきなり時代錯誤(さくご)の言葉を発し、その場を強引に締めくくった。

 皆、驚いて目を見張っていたが、その中でたった一人、咲耶だけが、


「〝遠山の金さん〟だ!!」


 と言って、瞳を輝かせていた。



(ああ……やはり。咲耶は時代劇が好きなんだな……)



 龍之助の毎度の悪ふざけに、龍生は内心、『お祖父様も、これがなければ……』と呆れ返っていたのだが、嬉しそうな咲耶を見、考えを改めた。



(……まあ、咲耶は楽しそうだしな。お祖父様に苦言(くげん)(てい)するのは……今日のところは、やめておくことにしよう)



 龍生は咲耶の頭に手を置き、微笑みながら、数回撫でる。

 撫でられた方の咲耶は、ピクリと体を揺らした後、不思議そうに龍生を見上げ、その唐突な行動に首をかしげた。



 結局、龍之助の号令により、その場はお開きとなったのだが、部屋を出ようとする桃花に、後ろから声を掛けて来た者がいた。

 驚いて振り向く桃花の前には、美智江と信吾の姿が――。


 二人は、そっと顔を見合わせると、桃花に向かい、深々と頭を下げて来た。

 桃花は慌てて、


「えっ?……あ、あのっ、そんな――! もっ、もーいーですからっ。わたし、気にしてませんからっ。だから、あの……っ、頭を上げてくださいっ」


 胸の前に両手を出し、(てのひら)を相手側に向けてヒラヒラと振りながら、必死に『もう大丈夫』だということを伝える。

 二人はゆっくりと体を起こし、


「本当に、申し訳ございませんでした。そして、ありがとうございました。……このご恩は、一生忘れません」

「……すまなかった、お嬢さん。心から後悔しているし、反省もしている。許してくださいとは、とても言えないが……本当に酷いことをして、申し訳なかったッ!!」


 今度は信吾だけ、体を完全に二つ折りにしたくらいまで、深く頭を下げた。


「いっ、いいいいいーえっ!! ホントにもうっ、ダイジョーブですのでっ!! きっ、き――っ、気にしないでくださいぃぃ~~~っ」


 桃花は困り切った風で、目を白黒させている。

 他人に頭を下げられるのは、慣れていないのだ。


 ようやく顔を上げた信吾に、桃花はホッとしつつ、


「あの……お体、大切にしてください。奥様と、息子さんの(ため)にも――」


 最後に、どうしても言いたかったことを伝える。

 桃花の言葉が、思い掛けなかったのだろう。信吾も、そして美智江も、驚いたように目を見開いている。


 うっすらと涙を浮かべた二人は、


「……ありがとう」


 同時につぶやいた。


 桃花はペコリと頭を下げ、部屋を出ようと、後ろ足を引いた。

 すると、二人の後方から、仁がゆっくりと近付いて来るのが見えた。



(息子さん……。えっ……と、仁……さん。……お父さんと、ちゃんとお話出来たらいいんだけど……)



 果たして、家族の(きずな)は取り戻せるのか。

 大いに気になるところではあったが……。


 他人の桃花が、そこに居座(いすわ)るのも妙な話だ。

 後ろ髪を引かれながらも、廊下で待ってくれている咲耶と龍生の元へ向かうため、桃花はそっとドアを開け、客間から退出した。



「咲耶ちゃん!――秋月くんも。ごめんね、お待たせしちゃって」


 パタパタと、小走りに近寄って来る桃花。

 咲耶はもう、我慢の限界だったのだろう。桃花が目の前まで来たとたん、思い切り〝ギュッ〟と抱き締めて来た。


「ひゃわっ?……さっ、咲耶ちゃんっ?」


 咲耶の腕の中で驚く桃花に、咲耶は頬ずりまでして、


「ああ~~~っ、桃花だ!! 久し振りの桃花の体温と(にお)いと柔らかさぁ~~~っ。うぅ~~~ん、落ち着くぅ~~~っ」


 などと言い、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべている。

 そんな咲耶の行動に、龍生は何故かムッとし、桃花を抱き締めている咲耶ごと、後ろから抱き締めた。


「わぁ――っ!?……な、なんだ秋月っ!? 急に抱きついて来るなっ、ビックリするだろうッ!?」


 すかさず発せられる、咲耶の抗議の声にも、龍生はムッとしながら。


「それを言うなら、君だって同じだろう? いきなり伊吹さんを抱き締めたりして……。ねえ、伊吹さん? 君も驚いているだろう?」

「ふぇ…っ!?」


 咲耶と、そして何故か龍生からも、抱き締められる形になってしまっている桃花は、戸惑いの声を上げる。


 ……確かに驚きはしたが、咲耶のこういう行動は、すっかり慣れっこになっているので、『ああ、また……』と思うのみだった。

 だが、龍生からの抱擁(ほうよう)(咲耶越しとは言え)には、全然慣れていない。驚きの度合いで言えば、完全にそちらの方が(まさ)っている。


「何を言ってるんだ、秋月ッ!? 私と桃花は、小学校に通う少し前からの仲だぞ!? こんなこと、何十何百何千として来てるんだ。今更驚くわけないだろう!?――なあ、桃花っ?」


 負けじと言い返す咲耶だったが、


「……『何十』……『何百』……。……ナン……ゼン……?」


 その発言を聞いた後、明らかに龍生の声色が変わった。

 桃花を抱き締めている咲耶の両手を、ガッシリと掴み、桃花から離そうと、もの凄い力でもって、引っ張り始める。


「な――っ!……何をする秋月っ!? この手を離せぇッ!!」


 引き離されまいと、咲耶も必死に頑張るが、所詮(しょせん)、男の力には(かな)わない。十秒と経たぬうちに、咲耶の両腕は、桃花の体から離されてしまった。


「ちょ――っ、おまえっ、何……っ、をっ?」


 抵抗しようと試みていた咲耶の体は、今度は完全に、龍生の両腕の中に。

 自由の身になったとたん、目の前で始まった龍生と咲耶のラブシーンに、桃花の顔は、たちまち真っ赤っかだ。


「あ――っ、秋月っ!?……なんなんだいきなりっ!? ひ、人前でこーゆー……っ、もっ、もももも桃花の前でっ、こーゆーっ、ことはぁ――っ」


 龍生の腕の中で、咲耶はジタバタと暴れている。

 そんな彼女を腕の中に閉じ込めながら、龍生は不機嫌そうな顔で、周囲を呆れさせる言葉を吐いた。


「伊吹さんとの抱擁が、何千回と繰り返されて来たと言うのなら、恋人である俺は、その上を行かなくてはならない。――だろう? だからこれからは、毎日必ず、最低でも一回は、こうして、咲耶を抱き締めることにする。もう決めた」



 ――その時。

 廊下にいた面々――桃花、鵲と東雲、兎羽と堤の間に、シンとした空気が流れたのは、言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ