第9話 一同、桃花の出した答えに大いに動揺する
桃花がキッパリと『警察には行かない』と言い切ったことで、周囲の者達は、一斉に色めき立った。
小声で何か言い合っている鵲や東雲。そこに口を出す兎羽。
堤は相変わらず黙り込み、姿勢を正しくして、身じろぎひとつせずに、ひたすら前を向いている。
美智江と信吾は、未だ床で座り込み、息子の仁は、ソファで呆然としていた。
そんな中、咲耶は桃花の両肩に手を置いて、
「桃花、本当にそれでいいのか!? 相手が病人だからと言って、同情などする必要はないんだぞ!? あれだけ怖い目に遭ったんだ。誘拐を計画した奴を裁くのは、当然のことなんだぞ!? むしろ、こいつがまだここにいることの方が、おかしいんだからな!?」
と、真剣過ぎて怖いくらいの顔で迫って来たし、龍生は、
「君がもし、この男の病気のことを心配して、警察に行くことをためらっているのなら、何も気にすることはないんだよ? 犯罪者であったとしても、病気や精神疾患などを抱えている場合は、医療刑務所というところに収容されるからね。刑務所であることに変わりはないが、普通の刑務所よりは、病人として、優しく接してくれる刑務官が多いとも聞くし……。とにかく、病人だとしても、犯罪者は犯罪者だ。警察に行くことに関して、君が気に病むことはないんだ」
そう言って、桃花の心の負担を少しでも軽くしようと、気遣ってくれた。
桃花は笑って首を振り、咲耶や、皆にも想いが伝わるように話し出す。
「ううん。病人だからって、同情してるわけじゃないし、無理してるわけでもないの。本当にもういいの。……ってゆーかね。なんだか最初から、この人に対して、憎い……って気持ち、あんまり持てなかったの。悪いことしようとしてたのは本当なんだから、もっと厳しく考えなきゃダメなのかな……とも、思ったんだけど、やっぱりどーしても、そーゆー風には思えなくて。……わたしって、どこかおかしいのかな?」
不安げに小首をかしげる桃花は、小動物のようで、すこぶる可愛らしく、しばらく振りに、咲耶の発作が発動しそうになった。
――が、今はそんなことをしている場合ではないと、必死に自分に言い聞かせ、どうにか堪えることに成功した。
咲耶はギリギリと奥歯を噛み締めると、桃花の肩に置いた手に、ギュッと力を入れる。
「いや! おかしくなんかないぞ! それが桃花の優しさだ!……だが、本当にいいのか? 攫われた時は、すごく怖い思いをしただろう? あの、いかにもろくなことを考えてなさそうな、二人組のおと――っ、……こ……」
そこで言葉を切り、咲耶は『ん?』とつぶやいて首を捻った。
桃花はきょとんとし、
「どーしたの、咲耶ちゃ――」
訊ねようとしたところで、
「あーーーーーーーーーーッ!!」
突如として、咲耶は部屋中に響き渡るほどの大声を上げた。
それから、目を丸くしている桃花の肩から手を離し、龍生を振り返る。
「秋月っ!! そー言えば、桃花を誘拐した実行犯っ、あの男共はどーしたっ!? あいつらこそ、さっさと警察に突き出してやらねばっ!!――なあっ、どこにいるんだ!?」
興奮して迫って来る咲耶を両手で制すると、龍生は困ったように眉根を寄せ、僅かに首を傾けた。
「どこにいる、と言われても……。昨日の事件の――事後処理などは、全てお祖父様にお任せしているからな。俺から、特に言えることはないよ。……申し訳ないが」
「秋月のじーさ――っ、……お祖父さんに?」
思わず『じーさん』と言いそうになったが、慌てて言い直し、咲耶は龍之助のいる方へ、そっと顔を向けた。
話が聞こえていたらしい(まあ、あれほど大声で話していれば、耳でも遠くない限り、聞こえるに決まっているが)龍之助は、
「うん? 何か私に御用かな、お嬢さん? 訊きたいことがあるのなら、遠慮なく言ってくれて構わんぞ?」
余裕たっぷりという感じで、咲耶に満面の笑みで問い掛ける。
咲耶は『あっ、はい』と返事してから、チラリと龍生に視線を送り、彼がうなずくのを確認すると、
「では、お言葉に甘えて、質問させていただきます。昨日の二人組の誘拐犯は、今、どこにいるのですか? まさか……無罪放免、というわけではありませんよね?」
疑うような顔つきで、じいっと龍之助を見つめる。『勝手にそんなことしてたら、絶対に許さないぞ』とでも、言いたげな顔だ。
そんな咲耶の態度が気に入らなかったのか、龍之助の斜め後方で控えている赤城が、すかさず、窘めるように。
「何ですか、その顔つきは? あなた様が、龍生様の恋人というお立場でいらっしゃいましても、龍之助様に対し、無礼な振舞いは許されませんよ?」
厳しい顔で咲耶を見据える赤城を、『よさんか、赤城』と手で制してから、龍之助はにこりと笑う。
「あの者達のことなら、当に手は打ってある。何も心配することはない」
「手は打ってある?……どーゆーことですか? もう、警察にいるってことですか?」
怪訝な顔つきを、一切崩すことなく訊ねる咲耶に、ゆっくりと首を横に振り、
「いいや。警察ではない。……が、あの二人の小僧には、しっかり罪は償わせるし、罰も与えるつもりだ。司法に則った罰とは、少々違っておるが……。まあ、任せておきなさい。充分な罰を与えた後、もう二度と、あのような馬鹿な真似が出来んように、教育し直してやるからのぅ。……フッフ。次にあやつらに会う時が、楽しみで堪らんよ。……フッ――、フフフフフフフフ」
さも楽し気に笑い出した龍之助に、咲耶は何故か、得体の知れない恐怖を感じた。
思わず、ゴクリと喉が鳴る。
(〝司法に則った罰とは、少々違う〟? 〝教育し直す〟……だと?……このじーさん、いったい、どんな罰を与えるつもりでいるんだ……?)
訝しむ咲耶の横では、やはり、龍之助の発言に恐怖を覚え、縮こまる桃花がいた。
咲耶と桃花は、同時に顔を見合わせると、どちらからともなく手を伸ばし、ギュウゥ…ッと、互いの両手を握り合わせた。