第3話 反省した様子のない黒幕に仁は憤る
反省した様子が全く窺えない、信吾の能天気な態度に、仁は思わずカッとなった。
テーブルに両手を叩き付けるようにして立ち上がると、床に転がったままの信吾を鋭く睨み、叫ぶ。
「いい加減にしてくれッ!!――あなたは、自分がしたことの重大さをわかっているのか!? 誘拐を企て、金で雇った相手に、実際に攫わせたんだぞ!? それを、『久し振りだなぁ』だと!? よくも、そんな呑気なことを……っ! 本来なら、とっくに警察に捕まって、確実に数年は刑務所の中だぞ!? それを免れているのはどうしてか、考えてもみたこともないのかッ!?」
出会ったとたんの息子の剣幕に、信吾は明らかな動揺を見せた。
座り込んでいる体をのけ反らせ、もともと気弱そうに見える顔を、ますます惨めに歪ませている。
仕舞いには、どうしていいかわからないと言うように、周囲に視線をさまよわせ始めた。助けてくれそうな相手を、探しているのだろう。
父親の情けない様子に、仁の怒りは、更に高まって行く。
「ああ、もう、本当に!! どこまでもあなたという人はッ!!……何故、いつもそうやって、人前で、平気で醜態を晒すんだ!? 親として、男として、恥ずかしいと思わないのか!? あなたがそんなだから、俺は――っ、……俺は……っ!」
テーブルの上で拳を握り締め、仁はギリギリと歯噛みする。
溢れ出そう怒りを、それでも必死に、抑え込んでいるように見えた。
信吾は、未だオロオロと視線をさまよわせていたが、自分を助けてくれる者は、ここには一人もいないのだと覚ったのか、
「だ……だって……。仕方ないじゃないか……。こ、こうでもしないと、仁は……俺と、会おうともしてくれない……し……」
自分に自信のない男らしい、とても小さな声で、そんなことを言った。
その台詞が引き金となり、とうとう、仁の我慢が限界に達した。
一段と大きな声で、
「何を訳のわからないことを言っているんだッ!?――正気か!? 本気で言っているのか!? 何の罪もない少女を、はした金で買収されるような下衆な男共に攫わせた理由が、それだと言うのか!?……信じられん!! まともな人間の考えることとは思えないッ!!……こんな、人が……。こんな訳のわからない男が、俺の父親だなんて――!……こんな……。こんな、ことなら……」
仁は、握った拳をブルブル震わせながら、力の限りテーブルを叩いて叫んだ。
「こんなことなら、本当にお祖父様の息子であった方が、どれだけよかったことか!! お祖父様の息子でさえあったなら、こんな苦しい思いをすることもなかったろうに――ッ!!」
「仁っ!」
慌てて美智江が止めに入ろうとしたが、もう遅い。
発せられた言葉は、消せも戻せもしない。
「……え……?……本当に、親父の息子であった方が……よか……った……?」
呆然と、信吾が仁を見つめる。
だが、仁は深くうつむいたままで、表情を窺い知ることは出来なかった。
次に、信吾は美智江に視線を移すと、何か問いたげに、じっと見つめる。
視線を受け止めた後、美智江は深くため息をつき、
「……そうよ。仁は、正真正銘、あなたの子よ。……忠司さんの……お祖父様の子じゃない」
言いたくて――でも、ずっと言えなかった言葉。
ようやく言うことが出来、美智江は内心ホッとしたが、信吾の方は、〝これ以上は無理〟であろうと思われるほど、大きく目を見開き、
「親父の……子じゃ……ない……?……俺の……俺の、子……?」
まるで、うわごとのようにつぶやく。
このショックの受けようは、どうやら本当に、〝仁は忠司の子〟と、信じ込んでいたようだ。
「う……嘘、だ……。嘘だ、そんな……仁が、親父の子じゃない……なんて……。そんな……だって……だってそれじゃ、仁が……仁が、可哀想……だ……」
その場の者達は、皆、耳を疑った。
逆ならわかるが……。
仁が自分の子ではない――と言われた後の反応が、今聞いた台詞であったなら、納得出来るのだが。
仁が自分の子であることがわかって、ここまでショックを受けるというのは……親として、少しおかしいのではないだろうか?
そんな周囲の思いをよそに、信吾は呆然としながら、うわごとのような言葉を発し続ける。
「俺の……俺の子じゃ……ダメだ……。俺に似たら……ダメなんだ……。親父の……親父の子で、なけりゃ……。ど、どうしよう……俺に……俺に似てしまったら……仁が……仁が俺に、似てしまったら……。ああ……ダメだ……そんなのダメだ……。仁が……仁が、可哀想過ぎる……。それじゃ、ダメだ……。ダメだ……。皆に、認めて……もらえない……」
半ば放心状態で、繰り返される言葉。
この男は、どこまで自分という人間に、自信がないのだろう?
自虐もここまで来ると、まるで、呪いのようではないか。
唖然とする周囲の者達だったが、その時、今まで黙っていた龍之助が口を開いた。
「のう、信吾よ。十年前、おまえが起こした誘拐事件について……ずっと訊ねたいことがあったんだが……今、訊ねてもよいか?」
〝十年前〟の誘拐事件について――?
ピクリとその言葉に反応すると、皆一斉に、龍之助に注目した。