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第2話 兎羽、人目もはばからず夫に抱きつく

「怜さんっ! おかえりなさ~~~いっ」


 床に転がっている無精髭の男、五十嵐信吾のことはさらっと無視し、兎羽は嬉しそうに立ち上がると、ドア付近で立っている堤の元へ駆け寄り、思い切り抱きついた。


「な――っ、兎羽ッ!! おま――っ、人前でそーゆーことすんなって、何度言ったら――っ」


 兎羽と堤を引きはがすため、前のめりで歩いて行こうとする東雲の肩を、鵲はガシッと掴んで引き止める。


「まあまあ、トラ。二人は夫婦なんだしさ。わざわざ邪魔しに入るのやめよーって。トラもいー加減、妹離れしなきゃダメだろ。――なっ?」


「はあッ!? 何言ってんだサギ!? 邪魔とか、そーゆー問題じゃねーだろーが!! 人目もはばからず、恥ずかしー真似すんじゃねーって話だろッ!?――だいたい、ここをどこだと思ってんだ!? 龍之助様の御前(ごぜん)――っ、……だ……」


 自分で言ってから、そう言えばそうだったと改めて思い出し、東雲は蒼くなって、ゆっくりと後方を振り返った。同時にハッとした鵲も、それに続く。


 二人の目に映った龍之助は、特に怒っているようには見えなかった。

 ……が、斜め後方で控えている赤城の視線は、氷のように冷たかったし、慌てて龍生に顔を向けると、彼も、明らかに(とが)めるような目をしていた。


「す――っ、すすすすいませんっ!! 妹が、場所もわきまえず無礼な真似を……っ」

「ででででもあのっ、ととと兎羽ちゃ――っ、……いえ。兎羽さんも、悪気があってしたわけじゃないと思いますしっ、その――っ」


 動揺を隠せない二人だったが、辺りが騒がしいことで、ようやく兎羽も、自分のしてしまったことに気付いたらしい。飛び退(すさ)るようにして堤から離れ、皆に向かって頭を下げた。


「もっ、申し訳ございませんっ!!……私ったら、つい……自宅にいる時と、同じ感覚になってしまって……っ」



 一瞬、シンとした空気が流れた。

 家では毎回、あんな感じで、抱きついて迎えているのだろうか?



 皆がつい、そんな想像をしてしまっていると、突然龍之助が、ワッハッハと、大きな声で笑い出した。

 そして笑みを浮かべたまま、


「いやいや。何も、そんなに大袈裟に謝る必要はなかろう。……ここのところ、堤には、休日返上で働いてもらっておったからな。兎羽さんも、さぞ寂しかったろう。むしろ、謝らねばならんのはこちらの方だ。申し訳なかったな、兎羽さん。――堤も、無理をさせてすまなかった」


「いっ、いえ、そんなっ!! 龍之助様に謝っていただくようなことではございませんっ!! 全て私が悪いのですっ!!」

「そ――っ、そーですよ龍之助様っ!! 悪いのは、礼儀知らずの妹ですっ!!」


 ひたすら恐縮する兄妹だったが、東雲の、『悪いのは、礼儀知らずの妹』発言には、兎羽もカチンと来たらしい。思い切り東雲を睨んでいる。

 きっと、『お兄ちゃんにだけは言われたくない!!』とでも、思っているのだろう。


「まあ、よい。兎羽さんも堤も、早く席に着きなさい。話の続きを――……っと、イカン。堤の座る席がないな。――赤城。すまんがもう一脚、椅子を用意して来てくれ」

「はい。(ただ)ちにご用意して参りま――」


「いえ、構いません。私は立ったままで大丈夫です」


 低いがよく通る声で、堤が赤城の言葉をさえぎった。


「――うん? それでよいのか? 信吾を連れて来たばかりで、疲れておるだろう?」

「いいえ。特には。――大したことではありませんし」


「……ふむ。まあ、おまえがそれでいいと言うのであれば、私も構わんが」

「はい。問題ありません。赤城さんも東雲達も、立っているわけですから」


 確かにそうだと、咲耶と桃花は、互いに顔を見合わせた。

 堤だけ特別扱いなのは、やはり、兎羽の夫だからなのだろうか?


 そう思っていると、


「それは、この者達は客人ではないからだ。――一応、まだ仕事中だしな。堤には、今回特別に、仕事を頼みはしたが……今は、この家で働いてもらっているわけではない。客人として接するのが、礼儀だと思うのだが……」


 龍之助の言葉に、ああ、そういうことかと、咲耶と桃花は納得した。

 堤は、秋月家が直接雇っているボディガードではないから――ということだったのだ。


「……いえ。私に、そのようなご配慮(はいりょ)は不要です」



 龍之助の言葉を聞いた後の堤の顔が、ほんの少しだけ、寂しそうに曇った気がした。

 何故かわからないが――咲耶には、そう感じられた。



「そうか。わかった。では、好きにしていてくれ」

「はい。そうさせていただきます」


 軽くうなずきながら答えると、堤は兎羽と共にソファへと移動し、兎羽一人を座らせて、自分はその後ろに立った。

 隣に立たれた東雲は、さも嫌そうに顔をしかめたが、堤は全く気にならないようで、相変わらずの無表情だ。


 堤に連れて来られた五十嵐信吾は、床に放り出されたまま、『何が何やらわからない』というような顔で、目の前の出来事を眺めていた。

 しかし、堤と兎羽が移動した後、皆の注目が、一斉に自分に集まっていることに気付くと、気弱そうな男らしく、キョロキョロと辺りを見回し――。


 そしてその中に、仁と美智江の姿を見つけると、ぱあっと顔を輝かせ、


「美智江! 仁!……久し振りだなぁ。元気だったか?」


 誘拐事件を(くわだ)てたとはとても思えない、のほほんとした様子で声を掛けた。

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