第13話 一同、秋月邸に到着後まっすぐ母屋へ向かう
秋月邸到着後。
龍生達は車を降り、まっすぐに、母屋にある客間に直行した。
「龍之助様からのご伝言です。『呼び寄せた者達は、客間に集合させておく。龍生達も、着いたら客間に来い』とのことでした」
そんな話を、車中で東雲から聞いていたからだ。
龍生が客間のドアをノックすると、『入れ』という、龍之助の声が響く。
言われるままドアを開け、中に入ると、そこには既に、数人の人間がいた。
正面の一人掛けのソファには、龍之助が座り、その斜め後方に、赤城が控えている。
三人掛けのソファには、兎羽が。テーブルを挟んだ向かいにある、二脚の一人掛けのソファには、五十嵐仁らしき人物と、もう一人、五十歳前後と思われる、着物姿の女性が座っていた。
鵲はと言うと、三人掛けソファの後方――兎羽の真後ろ辺りで、両足を少し開き、両手を後ろで組んで、もろにボディガード然として立っている。
龍之助は龍生に向かい、
「うむ、来たか。――皆、好きなところに座りなさい」
着席するよう促したが、龍生はすぐには従わず、素早く部屋を見回すと、不可解そうに眉をひそめた。
「お祖父様。一見したところ、肝心の、五十嵐信吾の姿がありませんね。これはどういうことなのです?」
咲耶と桃花も、『えっ?』と思って見回してみる。
――確かに、いないようだ。
咲耶と桃花が知らない顔は、二人だけだったが、一人は、まだ二十代後半と思われる男性で、もう一人は、五十代ほどの女性だった。
五十嵐信吾は、東雲と鵲の同級生(それがたぶん、知らない顔の内の一人、二十代後半くらいの男性だろう)の父親なのだから、四十代か、五十代くらいであるはずだ。
それなのに、その年代と思われる男性は、この部屋には一人もいない。
龍之助は、バツが悪そうに目をつむり、ため息をついた。
そして、顎を親指と人差し指で挟むようにし、数回撫でると、
「ああ、うむ……。あやつは、ちょいと遅れとるようでな。仕方ないから、少し前に、堤に迎えに行ってもらった」
……なるほど。
どうりで、兎羽の横に、堤の姿がないはずだと、龍生は小さくうなずいた。
「……しかし、こんな時に遅れるとは……。あれだけのことをしておいて、よくもそんな、図々しい真似が出来るものだ。反省する気は、全くないということなのか?」
不快極まりない――という風に、龍生がしかめ面で腕を組むと、五十代ほどの女性が、いきなり席を立ち、龍生の前まで歩いて来て、
「申し訳ございませんッ!!」
まるで、その場に崩れ落ちるように膝をつき、深々と頭を下げた。
「か――っ、母さんっ!!」
二十代後半くらいの男も、慌てて席から立ち上がると、女性の側へ駆け寄り、同じく膝をついて、女性の肩に手を置いた。
「やめてくれ、母さん! あの人の仕出かしたことで、母さんが頭を下げる必要はないんだ! あの人と母さんは、十年も前に離縁しているんだから、もう他人だろう? あの人の罪を、母さんが背負う必要はない!……背負う必要があるのは、俺だけだ」
最後の台詞を辛そうにつぶやくと、男も、『母さん』と呼ぶ女性の横で、龍生達に向かって頭を下げる。
「この度は、愚かな父がご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございませんでしたッ!! 何か仕出かすような予感はあったものの、事前に食い止めることが出来ず……本当に、申し訳ありませんッ!!」
二人揃っての土下座に、皆は一瞬、どうしていいのかわからず、オロオロとするばかりだった。
特に東雲などは、
「仁っ! おまえ、そんなこ――……っ」
何か言い掛けたが、桃花が視界に入ったとたん、ハッとし、暗い顔で視線を落とした。
たぶん、『そんなことまでしなくても』と、続けるつもりだったのだろう。
しかし、桃花が味わったであろう恐怖のことを考えると、言えなかったに違いない。
そんな中、龍生は二人の前で片膝をつき、母親の方の肩を抱くようにして、穏やかな声で話し掛けた。
「おやめください、荒巻さん。あなたの息子さんの言うとおり、あなたに――……いいえ、あなた方に罪はありません。私達が謝罪してほしい相手は、五十嵐信吾です。あなた方ではない。ですから、どうか……お二人とも、頭をお上げください」
「あ……若様……。そのような、お優しいお言葉……」
仁の母親である荒巻美智江は、ゆっくり半身を起こすと、着物の袂からハンカチを取り出し、目元をそっと拭う。
仁も体を起こし、母の背を支えるように手を置くと、龍生に向かって会釈した。
「恐れ入ります、秋月様。……東雲くんの主が、あなたのような人でよかった」
五十嵐仁は、よく見ると、なかなかに綺麗な顔立ちをしていた。
細いフレームの眼鏡を掛けており、薄茶色のサラサラの前髪が、レンズの端を隠している。それが何故か、妙に色っぽく見えるのが、不思議な感じがした。
どちらかと言うと、男性的というよりは、女性的な顔と言えるだろう。
母親の美智江の方は、五十代くらいに見えはするが、肌は白く、皴もそれほど目立たない。若い頃は、咲耶や兎羽ほどではないだろうが、そこそこ美しかったのではないかと思わせる、上品な顔立ちだ。
父親の信吾の方は、そこまで良い顔立ちではなかったはずだから、仁は母親に似たのだろう。
そんなことを思いながら、龍生は二人に立つように促し、元の席に座らせた。
それからごく自然に、龍之助の正面にある、一人掛けのソファに腰を下ろした。