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第12話 龍生、恋人に疑いの目で見られ困惑する

「…………は?」


 咲耶が放った言葉の意味を、数秒考えてから、龍生は不可解だと言わんばかりに眉をひそめた。


「今、『年上の女性にデレデレしている男』と聞こえた気がするが……誰の話だ?」

「誰って、おまえに決まってるだろう!? おまえ以外に誰がいるっ!?」



(……いや、いるだろう。世の中には、そんな男など吐いて捨てるほど)



 心でつぶやいてから、龍生は、『だが、俺には全く当てはまらない言葉だ』と断定した。


 何度でも言うが、龍生は咲耶一筋だ。他の女性になど、一切興味はない。

 それなのに、龍生の心を独占している当の本人が、龍生は『年上の女性にデレデレしている』と言い張っている。



(『年上の女性』……? それで思い浮かぶとしたら、今のところ、兎羽さんしかいないが……。そう言えば、昨日も、デレデレがどうのとか言っていたな。まさか……あれからずっと、俺が兎羽さんにデレデレしていると思い込んでいたのか? 昨夜は、俺がどれだけ咲耶に夢中か、咲耶のことしか目に入っていないかを、言葉でも態度でも、充分示したつもりだったんだが……まだ足りないと言うのか?)



「デレデレしている相手とは、もしかして、兎羽さんのことか?」


 まず間違いないだろうが、一応確認のために訊いてみる。

 〝兎羽〟の名に敏感に反応し、東雲は後部座席を振り返った。


「えっ、兎羽!? 坊ちゃんが、兎羽にデレデレですって!?」


 思わず口を滑らせると、あからさまに、龍生にげんなりした顔をされてしまった。


「デレデレなどしていない。過去にも、デレデレしたことなど一度もない。何故か知らんが、咲耶は昨日から、やたらと兎羽さんのことを気にしているんだ。俺がデレデレするとしたら、咲耶しかいないと言うのに」


「は……はあ……。そーなん、ですか……」


 龍生が咲耶しか眼中にないのは、百も承知だ。

 しかし、こうもハッキリ、最愛の妹に対し、『デレデレしたことなど一度もない』と言い切られてしまうと、それもまた複雑だったりする、東雲なのだった。


 龍生もそれに気付き、


「ああ、すまない東雲。べつに、兎羽さんに魅力がないと言っているわけではないんだ。もちろん、兎羽さんは素敵な女性だとは思うが、俺にとっては、咲耶以外は対象外というだけだ。気にしないでくれ」


 即座にフォローすると、咲耶は隣で、『ふぅん……。素敵な女性とは思ってるんだな』と、口を(とが)らせながら、面白くなさそうにつぶやく。

 龍生は小さくため息をつくと、


「やはり、咲耶がおかしくなった原因は兎羽さんか。……いったい、何がそんなに気に入らないんだ? 今も言ったように、俺がデレデレする対象は、咲耶だけだ。兎羽さんだろうが誰だろうが、俺がなびくことはあり得ない。それに、兎羽さんはとっくに既婚者だぞ? 昨日、廃屋で咲耶も見ただろう? 兎羽さんが、夫である堤に抱きつくところを。俺には咲耶しかいないように、兎羽さんにも、堤しかいないんだよ。堤は常に無表情だから、感情が読み取りにくくて、わからないかもしれないが、兎羽さんを深く愛している。あの二人は、強い愛情で結ばれた、お似合いカップルなんだよ。誰であろうと、二人の仲は裂けやしないんだ」


 龍生は咲耶の手を握り、真剣な顔で見つめる。


「わかってくれたか、咲耶? 兎羽さんの相手は堤一人で、俺の相手は咲耶一人だ。愛情の矢印は、一人にしか向いていない」


 咲耶はちらっと龍生を見てから、すぐに目をそらし、


「……でも、あの人……昨日、秋月の家に泊まったんだろう?……夜、話したりとか……その……朝、会ったり……とか……」


 モゴモゴと、何やらつぶやいている。

 龍生は内心、『なんだ。兎羽さんが泊まったことを気にしてたのか』と思いつつ、(わず)かに苦笑した。


「俺はいつものように、離れで朝食だった。兎羽さんも堤も、夕食や朝食、泊まったのも母屋だ。家を出る時に、偶然庭で会ったから、挨拶くらいはしたが……。接点と言えば、それくらいだったよ。咲耶が()くようなことは、何もなかった」


「べ――っ!……べつに、妬いてなんか……」


 そう言って、咲耶は恥ずかしそうに睫毛(まつげ)を伏せる。

 龍生は、咲耶の顔を覗き込むようにして、首を(かたむ)けると、意地悪な笑みを浮かべた。


「へえ。妬いていないのか。……ではどうして、そんなに兎羽さんのことを気にするんだ?」

「そ……れは……」


「認めてしまえよ、咲耶。――昨日、兎羽さん達が家に泊まったことを知って、不安になったんだろう? 俺と兎羽さんに、何かあったりはしなかっただろうかと? それで今は、兎羽さん達夫婦が泊まったのは母屋で、離れではなかったことを知って、ホッとしている。……違うか?」


「う……う、うぅ……っ」


 咲耶は顔を真っ赤にしながら、唇を噛んでいる。

 図星を突かれ、悔しくて仕方ないのだろう。


 そんな咲耶の反応に、龍生は満足げに微笑むと、優しく彼女の頭を撫でた。


「ありがとう、咲耶。妬いてくれて嬉しいよ」


 思わぬところで礼を言われ、一瞬、驚いたように顔を上げた咲耶は、龍生と目が合うと、すぐにふいっと横を向き、


「……妬いてなんか……いない……っ」


 負けず嫌いの咲耶らしく、悔しそうにつぶやいた。


 龍生と咲耶以外の三人は、『やれやれ』と思いつつ、一応〝一件落着〟かと、胸を撫で下ろすのだった。

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