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第11話 桃花、秋月邸に向かう車中である違和感に気付く

 秋月邸へ向かう車中、後部座席には、龍生、咲耶、桃花の順に、並んで座っていた。


 一人でカップルの横に座っていなければならないのは、ちょっと辛いなぁと、桃花は思っていたが、結太の家から龍生の家までは、車なら数分程度で着く距離だ。ほんの少しの辛抱(しんぼう)だと、膝の上に置いた両手を、ぼんやりと眺めていた。


 車が走り出し、一~二分ほど経った頃だったろうか。

 桃花は『おや?』と思い、顔を上げた。何かが、いつもと違うように感じたのだ。


 ――そうだ。

 いつもだったら、龍生が咲耶にちょっかいを出し、咲耶が怒るか照れるかして、二人の〝イチャイチャ〟が始まっている頃だ。


 それなのに、今日はそれがない。

 隣が、妙に大人しい。


 不審(ふしん)に思い、桃花はそうっと、咲耶の様子を窺った。


 咲耶は両手でスカートを握り締め、硬い表情で黙り込んでいる。

 怒っているわけではないようだが、様子がおかしいのは確かなようだ。


「咲耶……ちゃん? どうしたの? 気分でも悪いの?」


 桃花が訊ねると、咲耶はハッと目を見開き、


「い、いや――。べつに、そういうわけではないんだ。桃花が心配するようなことは何もない。気にするな」


 そう言って、力なく桃花に笑い掛ける。


「でも……」


 気にするなと言われても、急に元気がなくなってしまった親友を、気にしないでいられるわけがない。

 桃花がそう伝えようと、口を開き掛けた瞬間、


「伊吹さんも、咲耶の状態が気になっていると言うことは、やはり、何かあったんだな? 咲耶が沈み込んでしまったのは、結太の家を出る、少し前からだった。何かあったとするなら、あの時しかない。――咲耶、いったい何があったんだ?」


 咲耶の右手に自分の左手を重ね、龍生が心配そうな顔で覗き込む。

 龍生も、彼女の様子がおかしいのを、ずっと気になってはいたのだが、下手(へた)に訊ねると、話をややこしくしかねないので、切り出すタイミングを計っていたのだ。


「べ……べつに、何でもないと言っているだろう。私のことは放っておいてくれ」

「放っておけるはずがないだろう?……もしかして、結太の前でキスしてしまったことを、怒っているのか?」



(ええええッ!?)


(坊ちゃん、結太の前でそんなことを!?……結太、気の毒に……)


(フフ……。本当に龍生様は、保科様に夢中でいらっしゃるのだな。結太さんの前であっても、欲望を抑制出来ないとは……)



 桃花は単純に驚き、東雲は結太に同情し、そして安田は、龍生が咲耶にメロメロなことを、改めて認識しつつ、二人の会話に聞き耳を立てていた。


「な…っ、ばっ、バカ者ッ!! こんなところで、いきなり妙なこと言うなッ!!」


 咲耶は顔を真っ赤にし、龍生を睨みつける。

 龍生は、重ねていた手をギュッと握り、


「妙なこと? キスの何が、妙なことなんだ?」


 聞き捨てならないとでも言うように、咲耶をじっと見返す。


「だ――っ、だからっ!! キスとか、人前で言うなって言ってるんだッ!!」

「何故? どうして人前では言ってはいけないんだ? 俺達は恋人同士だ。キスぐらいするのは当然だろう?」


 まるで、それが〝常識〟であるかのように言い切る龍生に、咲耶は断固として異を唱える。


「とっ、当然!? 人前でキスするのが当然なのかっ!? 恋人同士は、必ず人前でキスしなくちゃいけないのかっ!? そんなわけないだろうッ!!」

「人前かどうかはともかく、キスはするだろう。キスしない恋人同士なんて、この世に存在するものか」


「そ、そんなのわからないじゃないかッ!! 世界中訊き回れば、どこかにはいるかもしれない!!」

「いいや、いない。……いや。仮に、『キスしない』と答えた恋人同士がいたとしよう。それでも、俺は認めない。そんな者どもは、恋人同士ではない」


「な……っ、なんだそれはっ!? 秋月が認めようが認めまいが、関係ないだろう!?――だいたい、どーしておまえが、そんなこと言い切れるんだよ!? おまえは神様か何かかッ!?」

「……何を言っているんだ、咲耶? 君には、俺が神様に見えると言うのか? そんなはずないだろう」


「――って、どーしてそこで、〝頭の悪い子を(あわ)れむような眼〟で見るんだああッ!? 私は、間違ったことは何ひとつ言ってないぞ!? おかしなこと言ってるのは、おまえの方なんだからなーーーーーッ!?」


 車内に、咲耶の絶叫が響く。



(……いったい、さっきから何の話をしているんだ、この二人は?)



 龍生と咲耶を除く三人は、わざと、二人とは関係ない場所を眺めながら、心の中でつぶやいた。


 一応学校では、上位の成績をキープし続けている二人のはずなのだが……それにしては、話す内容がバカっぽい。

 頭が良い同士のカップルでも、ケンカの内容は、いつもこんなものなのだろうか?


 呆れつつも、三人は引き続き聞き耳を立てる。


「おかしいことなど言っていない。恋人同士のキスは必須だ。――だが、結太の前でキスしてしまったことは、悪かったと思っている。伊吹さんが、結太の腕に自分の胸を押し付け、誘惑し始めたのを見ていたら、つい……対抗意識のようなものが……」



(えーーーーーーッ!?……何言ってるの!? 何言ってるの秋月くんッ!? わたし、楠木くんの腕に胸なんて押し付けてないし、誘惑なんてしてないよーーーーーッ!? 楠木くんと秋月くんがケンカみたいになっちゃってるのを、止めなきゃって思って、それで――っ!……いやああああああッ!! 東雲さんと安田さんがいるとこで、変なこと言わないでえええええッ!! 誤解されちゃうよおおおおおーーーーーッ!!)



 心で絶叫する桃花だったが、東雲と安田は、『伊吹様がそんなことを!?……見た目に寄らず、大胆な方でいらっしゃる……』と、早速誤解していた。


「はあああッ!? 何言ってるんだ秋月ッ!? 『自分の胸を押し付け、誘惑し始めた』だとぅッ!?――ふざけるなッ!! 桃花がそんなハレンチなこと、するわけないだろうッ!?」


 即、否定する咲耶に、桃花は、『わああああんっ、ありがとう咲耶ちゃんっ』と感謝し、東雲と安田は、『……なんだ、違うのか』と、何故かガッカリするのだった。


「していたじゃないか。本人にその気がなかったとしても、急に、腕に胸を押し付けて来られたら、男なら誰だって、『誘惑されている』と感じるに決まっている」



(えええええッ!?……そーなのっ? そーゆーものなのっ?……で、でもっ、わたし、胸なんて押し付けてないよぅ~~~~~ッ!! そんなつもりじゃなかったんだよぅ~~~~~ッ!!)



 龍生にキッパリ『誘惑』だと言い切られ、桃花は泣きそうになっていた。

 結太もそう感じていたのだろうかと考えたら、もうダメだと、絶望的な気分になってしまったのだ。


「男がどう思うかなど、知ったことか!!――とにかく、あの時桃花は、『ケンカしないで』と言いながら、楠木の腕にしがみついたんだ。おまえ達が言い合っているのを、止めなければと、必死になっていただけだ! 断じて誘惑なんかじゃないッ!!」


 自分の代わりに、咲耶が無実を主張してくれたと感激し、


「うぅぅ……。ありがとう~~~、咲耶ちゃ~~~んっ」


 桃花は、ひしと咲耶に抱きついた。

 咲耶は桃花の肩を抱き、龍生を睨みながら言い放つ。


「安心しろ、桃花! 桃花がそんなハレンチな子じゃないってことは、私が一番よくわかっている! こんな、年上の女性にデレデレしている男の言うことなど、気にしなくていいんだからな!」

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