第9話 結太、唐突なキスシーンを目撃し驚愕する
龍生の声に反応して顔を上げた瞬間、結太は見てしまった。
五十センチほどしか離れていない眼前で、龍生と咲耶がキスしているところを。
「ひぇ――っ?」
思わず、マヌケな声が出た。
まさか、こんな間近で、幼馴染のキスシーンを目撃することになるとは、思ってもいなかった。
しかも、頬や額への、軽いキスなどではない。唇と唇の、少し長めのキスだ。
結太は目を皿のようにして、二人のキスシーンを、食い入るように眺めていた。
衝撃が大き過ぎて、目をそらすことすら忘れていたのだ。
龍生と唇が重なった瞬間、咲耶は驚いたように目を見開いた。
だが、数秒後には、うっとりと目を閉じて、龍生の唇を受け入れていた。
結太は、『これが、あの(どちらかと言えば男っぽい)保科さんか?』と、目を疑った。
ほんのり頬を染めて、従順に目を閉じ、龍生の想いを受け止めている様は、咲耶に対し、異性としての魅力をまったく感じたことがない結太ですら、ハッとするほど色っぽく見えた。
(龍生の前だと、いつもこんなに、しおらしくなっちまうのかな?……龍生、マジでスゲーな……)
やはり結太には、龍生が、どんなに狂暴な動物でも手懐けてしまう、凄腕の〝猛獣使い〟のように見えてしまうらしい。
ひたすら感心して、二人のキスシーンに見入っていた。
一方咲耶は、龍生のキスにより、〝恋愛モード〟にスイッチが入ってしまったようだ。
目の前に、結太と桃花がいるにもかかわらず、少しの間それを忘れ、二人の世界に没入してしまっていた。
しかし、龍生の唇が離れたとたん、ハッと目を見開き、思い出したかのように、結太と桃花の方を振り返った。
瞬間、結太とバチっと目が合う。
咲耶は赤面して、『わあああーーーッ!!』と叫ぶと、龍生の背中側に回り込み、
「ば――っ、バカバカバカバカッ!! この変態ッ!! 何ボケーッと見てるんだよッ!! 見世物じゃないぞ、このスットコドッコイッ!!」
明らかに照れ隠しだろうが、結太に罵声を浴びせた。
「は……はあああッ!? 勝手に、人前でキス見せつけて来たのはそっちだろッ!? それでどーして、オレが責めらんなきゃなんねーんだよッ!?」
思わず、大声で不満を表してしまった結太だったが、その声に驚き、桃花もようやく我に返ったようだ。結太の腕にしがみついたまま、呆然とした顔を上に向けた。
咲耶の言葉で頭に血が上り、興奮してしまっている結太は、桃花が自分を見つめていることにも気付かず、尚も不満をぶつける。
「だいたい、何なんだよおまえらッ!? 伊吹さんに用があって、来たんじゃなかったのかよッ!? なのに、話の途中で急にキスなんかおっぱじめやがって、いったい何考えてんだッ!?」
「えっ?……キス?」
夢中で結太にしがみついていた桃花は、二人のキスは目にしていない。
当然驚いて、結太と咲耶達を交互に見つつ、目を瞬かせている。
「あっ。伊吹さ――」
しがみつかれたままだということも忘れ、結太が桃花に目をやると、思い切り視線がぶつかった。
――と同時に、置かれている状況を思い出した二人の顔は、〝ボンッ!〟とマッチに火が点いたかのように赤くなる。
「ふぁっ、……ほぁああああッ!? ごっ、ごごごごめんなさいごめんなさいッ!!」
結太の腕にしがみついていたことに気付いた桃花は、飛び退るようにして両手を離した。
結太はブンブン首を振り、
「い、いやッ!! オレはダイジョーブッ!! むしろ得した気ぶ――……って、いやいやいやいやっ! そーじゃなくてッ!!……と、とにかく、ホントに全然っ、気にしなくていーからっ!!」
目を白黒させながら、両手を顔に当てて縮こまっている桃花に声を掛ける。
それでも桃花は、自分のしていたことのあまりの恥ずかしさに、顔を上げられずにいた。
(うわぁ~~~んっ! ヤダヤダッ、わたしったら!!……楠木くんの腕、ずっとギュッとしちゃってたなんて……。ああああああもうっ、信じられないっ!! 恥ずかし過ぎるよぉ~~~~~ッ!!)
いくら必死だったとは言え、付き合ってもいない異性の腕に、長いことしがみついていたなどとは……。
結太はどう思っただろう?
はしたない女だと思われてしまったのではと、桃花は気が気ではなかった。
(それに……わたしの胸が小さいってこと、きっとバレちゃったよね……。うぅぅ……っ、楠木くんにだけは、知られたくなかったのに……。わーーーんっ、わたしのバカぁ~~~~~ッ!!)
べつに、わざわざしがみつかなくとも、桃花の胸の大きさが控えめだということは、見れば(服の上からでも)わかることだと思うのだが、本人はバレていないと思っていたらしい。
……いや。
大きいと思われるはずがないことは、さすがにわかっていただろうが、それでも、どの程度小さいかまでは、裸を見られない限り、バレはしないと思っていたのだろう。
結太は、特に大きい胸の信者というわけではないし、胸の大きさで、人を好きになるわけでもない。
胸が小さいからと言って、気にすることはないはずなのだが……。
親友である咲耶の胸が、標準サイズよりもやや大きめであるがために、必要以上にコンプレックスを抱いてしまっている、桃花なのだった。
恥ずかしさで縮こまる桃花に、そんな彼女を、困ったように見つめている結太。
龍生の背に隠れ、二人の様子を窺っている咲耶。
そして龍生はと言うと、
「二人とも。イチャつくのはそれくらいにして、そろそろ返事を聞かせてくれないか? あまり遅くなると、お祖父様に小言を言われてしまうからな」
などということを告げ、
「イチャついてねーしッ!!……ってか、それをおまえがゆーかッ!?」
と、結太にげんなりした顔でツッコまれていた。