表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/297

第3話 龍生、屋上で咲耶を抱き締める

 放課後。

 朝に約束したとおり、屋上で咲耶を待っていた龍生は、彼女が姿を現したとたん、ふわりと顔をほころばせた。


 これから伝えなければならない内容を考えれば、笑っていられる心境ではない。

 しかし、咲耶を目にすると、自然と笑みがこぼれてしまうのだから、仕方ないのだ。

 付き合い始めたばかりの恋人同士というものは、()てしてそういうものではないだろうか。



 音が響かないように、なるべく静かにドアを開け、屋上へ出る。

 いつものように鍵を掛け、一応、誰もいないか周囲を確認してから、龍生は咲耶の手を取り、そっと抱き寄せた。


「――っ!……な、なんだいきなりっ? トートツ過ぎるぞっ?」


 咲耶は真っ赤になって押し返そうとするが、龍生はそれを許さない。彼女の背中に手を回し、構わずギュッと抱き締めた。


「ちょ――っ!……こ、ここは学校だぞっ? こーゆーことは、ホントはしちゃいけないんだっ! 学生の本分は、あくまで勉強で……っ!」


「へえ。咲耶がそこまで勉強熱心だったとは。常に、学年二十位以内をキープしているほど、テストの成績が良いというのは、知っているけどね。……でも、いつだったか、『やれば出来る素質を持っているのに、やる気がほとんど感じられなくて困っている』と、君の担任の先生がボヤいているのを、耳にしたことがあるんだが……あれは本当? だとしたら、今の君の発言は、ただの建前(たてまえ)ってことになるから、あまり信用出来ないな」


 抱き締めたまま、耳元で、長々と痛いところを突いて来る龍生に、思わず顔が熱くなる。


「たっ、担任の発言まで知ってるって、おまえはいったい何者なんだっ!?――まさか、隠密(おんみつ)行動でもしているのか!? それとも、この学校に、スパイでも(もぐ)り込ませているのか!?」


 必死に体を離そうと、咲耶は思い切り力を込め、龍生の制服を引っ張った。

 龍生はクスッと笑い、腕の中で暴れている彼女を、腕の中に閉じ込めるように、余裕で抱き締め続ける。


「隠密だのスパイだのって、大袈裟だな。職員室に用があって行った時に、たまたま耳にしただけだよ」

「ほ……ホントか? ホントに偶然かっ?」


 疑っているかのような咲耶の問いに、龍生は『やれやれ』と心でつぶやいた。

 今まで散々、咲耶を(だま)すようなことをして来たのだから、疑われても仕方ないのだが……露骨(ろこつ)に疑われるのは、やはり寂しい。


「本当だよ。ただの偶然。……酷いな。そんなに俺のことが信用出来ないのか?」


 わざと、()ねた口調で問い返す。

 すると、龍生の腕の中から逃れるため、ずっと制服を引っ張り続けていた咲耶の手が、ピタリと止まった。


「むぅぅ……。『信用出来ないのか?』、だと?……母親に部屋の写真を撮らせて、桃花に見せると言って(おど)して来たり、楠木の泊まっている部屋に、盗聴器を仕掛けたりするような奴が……。まったく。よく言えたものだ」


 咲耶が呆れ気味で口にした台詞から、龍生は、あの日のことをまざまざと思い出した。

 二人で無人島に渡り、遅咲きの桜を見た――まだ、咲耶に告白する前のことを。


「――ああ。そう言えば、そんなこともあったな」


 再びクスリと笑うと、龍生は、咲耶の髪に顔を(うず)める。

 そして思い出しながら、正直な想いを打ち明けた。


「あの時は、幼い頃のことを少しも思い出さない咲耶に、少々苛立(いらだ)っていたからな。苛立って、寂しくて……『俺のことを思い出してくれ』と願う一方で、思い出さない方が、咲耶のためだとも思っていた。……矛盾(むじゅん)してはいるが、どちらも俺の本心だった。それに……自分で言うのもなんだが、たぶん、あの時俺は……少し、病んでいたんだろうな。『このままずっと、思い出してもらえないなら……いっそ、酷く嫌われでもして、咲耶の心に住み続けたい』などと、バカげたことを考えたりもしていた。……ああ。だが、念のために言っておくが、いつもあんなことをしているわけではないよ? 盗聴器を仕掛けたのは、あの時が初めてだったし、もちろん、あれ以降は使ったことがない」


「…………」


 沈黙したままの咲耶に、不安げに問う。


「……信じられない?」


「…………いや。信じる」


 少しの沈黙の後、咲耶はキッパリと言った。

 一気に嬉しくなった龍生は、


「フフッ。……ありがとう、咲耶」


 そう言って、咲耶のこめかみに、軽いキスをした。

 一時(いっとき)、大人しくなっていた咲耶が、再び激しく暴れ始める。


「だっ、だからっ!! いきなりこーゆーことするなって言ってるだろッ!? 時と場所をわきまえろっ!!」

「学校でのキスは禁止――ってこと?」


 耳元で訊ねると、咲耶はブンブンと大きく、首を縦に振ってから、


「そ…っ、そーだッ!! 普通はそーだろッ!? 高校生なんだからッ!!」


 当然と言うように断言する。

 龍生はしばしの沈黙の後、微かに首をかしげ、


「早い者は、小学生の頃に、キスを経験しているらしいぞ? それに比べたら、俺達はかなり遅れていると言えるな」


 どこからの情報だか知らないが、そんなことをさらりと言って、咲耶をギョッとさせた。


「えええッ!?……う……嘘だッ!! 小学生が、そんなことするわけないだろッ!?」


「いいや? なんでも、それ以下って人もいるらしい」


「それ以下ぁッ!?……って言ったら……よ、幼稚園生ッ!?……う……嘘だッ!! 嘘だ嘘だッ!! 絶……っ対に嘘だッ!! ホントだとしても、どーせほっぺたに――とかだろ!? それならまだわかる!!」


「ふぅん……。ま、そう思いたければ、思っていればいいよ。だが……」


 思わせぶりに言葉を切り、龍生は沈黙した。

 結構長めの沈黙に(しび)れを切らし、咲耶は顔を上げて問い掛ける。


「な――っ、なんだ!? 『だが』ってなんだッ!?」

「……べつに。ただ……咲耶は何もわかっていない――ってことさ」


 今度は思わせぶりにフッと笑われ、咲耶はカチンと来た。


「なんだとッ!? いったい、何をわかってないってゆーんだッ!?」

「そうだな。たとえば……」


 龍生は耳元で、わざと(あや)しい雰囲気を(まと)わせ、ささやく。


『キス以上のことを、高校生のうちに経験している人間は、咲耶が考えている以上に、多く存在する……ってこと』


「な――っ!」


 絶句した後、咲耶の顔も体も、見る見るうちに赤く、熱くなった。

 龍生は、咲耶が固まってしまっていると知るや、ニヤリと笑い、髪やこめかみ、頬などに、キスの雨を降らす。


 十数秒後。

 龍生の両手が肩に置かれ、目の前に、顔が迫って来ていることに気付いた咲耶は、カッと目を見開き、


「わぁあああああーーーーーーーッ!!」


 大声を上げると共に、思い切り龍生の体を突き飛ばした。

 そして、涙目で龍生を睨むと、


「もうヤダッ!! やっぱり別荘なんか――っ、無人島なんか行かないッ!! おまえと二人っきりでとか、絶対絶対無理ッ!! 絶対絶対絶対行かないィイイイイイーーーーーーーッ!!」


 と、声を限りに叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ