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第2話 宝神、東雲のためにハーブティーを淹れる

 大泣きする東雲を前に、宝神は、どうしたらいいものか、しばらく決めかねていた。

 長い人生を歩んで来た宝神ではあるが、人目もはばからずに、大泣きする大人の男を()の当たりにするのは、これが初めてだったからだ。


 宝神が若かった頃は、〝男とは、滅多なことでは、人前で涙は見せない生き物〟なのだと、なんとなく思っていたものだし、実際、そんな場面に遭遇(そうぐう)したことは、今まで一度もなかった。



(……まったく。今時の男はだらしがないねぇ。坊ちゃまが大切ってのはわかるけどさ。ご本人から、(じか)に『辞めろ』と言われたわけでもあるまいし、よくもまあ、ここまで大袈裟に騒げるもんだよ)



 呆れて、発破(はっぱ)を掛けてやりたくなるが、まずは落ち着かせることが第一だろう。

 そう考えた宝神は、キッチンに行って、彼女特製のオリジナルハーブティーを用意し、再びリビングへと戻って来た。


 キッチンに行き、お茶の用意をして戻って来るまで、五分程度は掛かったと思う。

 それなのに、勢いは弱まっているものの、東雲はまだ、さめざめと泣き続けていた。



 いったい、いつまで泣いている気なのだろう?

 このまま泣き続けたら、体中の水分が失われてしまうのではないだろうか?

 そんな心配さえしそうになったが、



(ま、大の男が大泣きするなんざ、珍しいしねぇ。これはこれで、貴重な体験をさせてもらってるのかもしれないよ)



 自分に言い聞かせるように、うんうんとうなずくと、宝神は、あらかじめ温めておいたティーカップに、ハーブティーを注ぎ始めた。

 バランス良くブレンドしたものを、ティーポットに入れ、お湯を注いでから運んで来たので、ちょうど飲み頃になっているはずだ。


 ハーブは、適当にブレンドしたわけではない。きちんと、それぞれの効能や、味のバランスなどを考慮して、ブレンドしてある。


 宝神オリジナルのブレンドティーは、主に紅茶なのだが、紅茶や緑茶などには、カフェインも含まれているので、夜、寝る前に飲むものとしては、あまり適していない。


 そういうわけで、普段から、ハーブティーも常備してあるのだ。その中から、今の東雲の状態に合うものを選んで、淹れて来たのだった。



 東雲のために、宝神が選んだハーブは、カモミール、リンデンフラワー、レモンバーム。どれも、リラックス効果があるとされているものばかりだ。


 カモミールには、ストレスや不安、不眠にも有効とされていて、香りはリンゴのよう。味はほのかに甘く、やさしい。

 リンデンフラワーには、鎮静(ちんせい)作用があるとされていて、上品な甘い香り。味はクセがなく、飲みやすい。

 レモンバームにも鎮静作用があり、不安や緊張、イライラなどの精神面にも有効とされている。香りはレモンのようで、味はスッキリとしている。ハーブティーの中でも、比較的飲みやすい方だ。


 つまり、ハーブティーを飲み慣れていない者でも、飲みやすいもの。リラックス効果があるとされているものを、東雲のために選んで淹れて来た――というわけだ。


「ほら、虎ちゃん。いつまでもピーピー泣いてないで、これでも飲んで落ち着きな」


 テーブルに突っ伏したままの東雲の横に、そっとティーカップを置く。

 宝神の声に反応し、東雲は、袖で顔をこすりながら、ゆっくりと体を起こした。


「お福さん……。これは?」

「ハーブティーだよ。あんたは飲んだことないだろうから、飲みやすいものをちゃーんと選んで、淹れて来てやったからね。――ほら。喉渇いただろ? 飲んでみな」


 東雲は、僅かに首をかしげつつ、カップを持ち上げ、恐る恐る口元へと運んだ。

 二~三度、フーフーと息を吹きかけてから、ゴクリと一口。


「――おっ? 意外と飲みやすいんだな。ハーブティーなんざ、女が飲むもんと思って、今まで飲もうと思ったこともなかったが……。うん。これならまあまあイケるな」


「〝まあまあ〟は余計だよ!……まったく。アタシが、わざわざ選んで淹れて来てやったってのに、もっと気の利いたことは言えないのかい?」


 腰に手を当て、口をへの字にしつつ、宝神がギロリと睨みつける。

 東雲はたちまち焦り、


「あっ。(わり)ィ悪ィ、お福さん。え~っと……ダイジョーブ! ちゃーんと、全部飲み干せるって!」

「……はあ? なんだいそりゃ? それで()めてるつもりかい?」


 まだ不満そうな宝神に、東雲は困り顔で、ハハハと笑ってみせる。



 そう言えば、東雲はいつも、宝神の料理を、『美味(うま)い』『美味い』と、全部平らげてくれるのだが……。

 よくよく考えてみたら、『美味い』以外の褒め言葉など、今まで、聞いたことはなかった気がする。


 この男に、〝気の利いた褒め言葉〟を求めた、自分の方がバカだったのだなと、宝神は早々に諦めた。



「まあ、とにかくさ。散々泣いて、ハーブティーも飲んで、少しは落ち着いたろ? これでもう、辞めようなんてバカな気は、どっか行っちまっただろうね?」


「う――……」


 その話に触れたとたん、東雲は気まずく目をそらし、再び肩を落とす。

 宝神はいい加減頭に来て、


「なんだいなんだい!? まーだそんなこと考えてんのかい!? まったく、本当にバカな子だねぇ!……あんた、坊ちゃまに、一生掛かっても返し切れない恩があるんだろ!? 前に、そんなこと言ってたじゃないか。その恩を返さないうちに、尻尾(しっぽ)巻いて逃げ出そうってのかい!? あんたそれでも男かい!?」


「……お、お福さん……。そりゃ、俺だって辞めたくねーけど……。でも、俺は……。このまま俺がここにいても、坊ちゃんを怒らせたり、迷惑掛けちまうばっかで……」


「だ・か・ら!! そーならないよーに、これから一生()けて、一人前の男になってくんだろ!? 今はまだ無理でも、いつか恩を返せるよーに、日々精進(しょうじん)してきゃいーってだけの話じゃないのさ!!……いーかい、虎ちゃん? あんたも隼ちゃんも、坊ちゃまと龍之助様に恩返ししたいってんで、ここに置いてもらってるんだろーけどさ。……けど、べつにお二人は、あんたらに恩返して欲しいから――ってんで、ここに置いてくださってるわけじゃないんだよ? あんたら二人が好きだから――お気に召してるから、お側に仕えさせてらっしゃるんだよ。そうでもなきゃ、とっくの昔にクビになってるよ。そこんとこ、ちゃんと理解してんだろーね?」


「……え……。とっくの、昔に……クビ……?」


「当ったり前だろ!? 使える従者が欲しいんだったら、失敗ばかりのあんたらなんざ、誰がわざわざ採用しよーなんて思うんだい!? すっとぼけてんじゃないよッ!!」


「ヒ…ッ!!――っす、すんません!! すんませんお福さんっ!!」


 普段は(基本的には)穏やかな老婦人に、目をむきながら叱責(しっせき)され、東雲は思わず(ちぢ)こまり、そのギャップに震え上がった。


 宝神は、言うだけ言うとスッキリしたのか、ほぅ、と小さくため息をつくと、東雲の隣の椅子を引き、ちょこんと腰を掛ける。

 それから、先ほどとは打って変わった、優しい笑みを浮かべ、


「つまりはさ、坊ちゃまも龍之助様も、他の、ここで働いてる人達もさ、みーんなあんたらが好きなんだよ。辞めてほしくないのさ。でなきゃとっくに、『役立たずのあいつらを辞めさせてください』って声が、あちこちから上がってるはずだよ。あんたらがここに来て、十年も経ってんのに、それがないってことはさ。……ね? アタシの言ってること、わかんだろう? あんたらは、この家の人達に、必要とされてんだよ。人間、役に立つか立たないかで、価値が決められるもんでもないのさ」


「……お……お福さん……」



 台詞中の『役立たず』の言葉に、少々傷付きはしていたものの……。

 それでも宝神の〝想い〟だけは、しっかりと東雲に伝わっていた。



 東雲は大きくうなずくと、


「わっかりやした、お福さん!!……俺、何度無視されても、(くじ)けずに坊ちゃんにぶつかって行きます!! 坊ちゃんに直接、『辞めろ』とか、『おまえには愛想(あいそ)()きた』とかって言われない限り――絶……っ対にッ、自分からは辞めたりしませんッ!!」


 宝神の目をまっすぐ見据(みす)え、キッパリ宣言した。


「いいねぇ虎ちゃん! その意気だよ、頑張んなっ!!」


 宝神はニコリと笑い、景気付けに、東雲の背中をバシンッと()(ぱた)く。

 東雲は、痛みに顔を(ゆが)めつつ、それでもニカッと笑い返した。

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