表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
227/297

第18話 龍生、校門前で咲耶と桃花に出くわす

 車を降りて、学校までの道を一人で歩いていた龍生が、咲耶と桃花に気付いたのは、校門前十数メートル付近だった。


 昨夜から続いていた不快感が、咲耶の姿を目にしたとたん、吹き飛ぶ。

 龍生は早足で二人の側まで歩いて行くと、後方から声を掛けた。


「おはよう、咲耶。伊吹さんも」


 二人の前では、自然と笑みがこぼれる。

 同時に振り返った二人は、龍生だとわかると、ニコリと笑って、


「あ。おはよう、秋月くん」

「おはよう、秋づ――き……」


 咲耶だけ、挨拶の途中で顔が曇った。

 不審に思い、


「咲耶?――どうかしたのか? 顔色が(すぐ)れないようだが……」


 訊ねながら手を伸ばし、そっと頬に触れる。

 咲耶はたちまち真っ赤になったが、龍生と目が合うと、何故か、慌てて目をそらせた。


「だっ、大丈夫だ。何ともない。……ただ、その……」

「――ん? 『ただ』……どうした?」


「えっ……と、あの……」


 咲耶は目をそらしたまま、しばらくの間沈黙していた。

 自分の前では話し辛いことなのだろうかと、ピンと来た桃花は、


「あっ。わたし、教室でやらなきゃいけないことがあるんだった!――ごめんね、咲耶ちゃん。秋月くん。先に行かせてもらうね?」


 本当は、やらなければいけないことなどないのだが、慌てたフリでそう言うと、桃花はタタッと駆け出し、二人に向かって手を振る。


「あっ……。ああ。――じゃあ、また昼休みにな!」


 即座に桃花の気持ちを察した咲耶は、心の中で『すまん、桃花』と謝りつつ、駆けて行く彼女に、手を振り返した。

 龍生も、桃花が気を利かせてくれたことを薄々感じてはいたが、特にそのことには触れず、咲耶に向き直る。


「それで? 『ただ』――どうしたと言うんだ?」


 咲耶は目をそらしたまま、


「あ、ああ……。実は、その……」


 と言ったきり、再びの沈黙。


 どうやら、相当言いにくいことがあるらしい。

 だが、言いにくいことがあるのは、龍生も同じだ。彼女の左肩にポンと手を置くと、素早く右耳に口を寄せ、


「俺も伝えたいことがある。放課後、屋上に来てくれ」


 とだけささやく。

 咲耶は一瞬、驚いたように目を丸くしたが、すぐに理解を示し、小さくうなずいた。


「では、行こうか」


 手を伸ばして、咲耶の手を握ると、龍生は校舎に向かって歩き出す。

 咲耶は顔を赤らめつつも、照れまくって、『人前でこういうことするな!』などと言い、手を振り払うようなことはしなかった。



(こういうことにも、徐々に慣れて来てくれたということかな?……だとすると、良い兆候(ちょうこう)だ)



 咲耶の手を通して、温かな想いが、体の隅々(すみずみ)まで流れ込んで来るようで、龍生はしみじみ、幸せを噛み締めた。

 〝好きな人と手を繋ぐ〟。――そんな簡単な行為だけで、これほどまでに満たされた気持ちになれるとは。



(恋とは、本当に不思議なものだ)



 クスリと笑みをこぼす龍生を、咲耶は、もの言いたげな顔つきで見上げるのだった。




「えっ!?……楠木くん、また脚、痛くなっちゃったんですか!?」


 昼休み。

 いつものように、桃花の教室で昼食を共にしていた龍生から聞かされた話に、桃花は驚いて声を上げた。

 龍生は軽くうなずくと、


「そうらしい。今朝、起きたら、そういう内容のメッセが届いていた。今日は病院に行き、医師の意見を聞いてから、学校に行くかどうか決める――という話だったな」

「……そんな……。わたしのせいで……脚の状態が、悪く――?」


 桃花は蒼くなってうつむく。


 昨夜は、『もうほとんど治っている』ようなことを言っていたが、やはりあれは、自分に気を遣っていただけだったのだ。

 本当は、まだ痛みが残っていたのではないだろうか?


「何を言うんだ! 桃花のせいであるわけがない!」


 箸を握り締めながら、咲耶が言い切る。

 すかさず龍生もうなずいて、


「ああ。俺もそう思うよ、伊吹さん。あいつは、自分の意思で行動したんだ。君を助けたいという想いだけでね。その結果として、再び脚を痛めてしまったのだとしても、それが君のせいであるわけがない。結太だって、君にそう思わせてしまうことが、一番辛いのではないかな」

「……でも……。わたしが、もっとしっかりしてたら……。誘拐なんて、されてなければ……」


 蒼い顔のままうつむく桃花の目には、涙が(にじ)み始めていた。


「桃花! そんなに気にしなくたって大丈夫だ! 楠木は、自分の行動によって起こった結果が悪かったからと言って、その責任を、他人に押し付けるような奴じゃないだろう? それは、桃花が一番わかっているはずじゃないのか?」

「――っ!……咲耶ちゃん……」


 桃花はじっと咲耶を見つめた後、小さくうなずいた。

 咲耶はホッとして微笑むと、


「よし! それじゃあ桃花。秋月に連絡を取ってもらって、楠木が、今日は学校に来られないってことだったら、放課後にでもあいつの家に行って、見舞って来たらどうだ?」

「えっ、お見舞い!?――楠木くんのお(うち)に? 直接?」


「ああ。あいつの脚の状態が気になるんだろう? だったら、直接行って、訊いて来ればいいじゃないか」

「それは……気にはなるけど……。でも、いきなりお家になんて……」


 桃花は真っ赤になって、うつむきながらモジモジしていたが、『あっ』と言って顔を上げ、


「じゃあ、あの……咲耶ちゃんも、一緒に行ってくれる?」


 小首をかしげて訊ねる。

 いつもの咲耶であれば、『ああ、もちろんだ!』と、即座にOKしていただろう。

 しかし、放課後は、屋上で龍生と会う約束をしている。


「あ……。すまん、桃花。放課後は、ちょっと……用事が、あって……」

「用事?……そっかぁ……」


 しょんぼりとする桃花に、咲耶の胸はズキズキ痛む。


 龍生に、明日じゃダメかと訊ねようと、慌てて彼に目を向けると、彼は両目を細め、じいっと咲耶を見つめていた。

 その目は、『約束しただろう? 俺の方が先約だろう?』――と訴えているようで、うっと(ひる)んだ咲耶は、予定を変更するのは諦めた。


「だ、だいじょーぶだ桃花! 秋月が、ちゃんと連絡を入れてくれるんだからな! いきなり押し掛けるんじゃない! 楠木だって、迷惑に思うはずがないさ!――なっ? だから安心して、見舞いに行って来い!」


 咲耶には(はげ)まされ、龍生には、にっこりと笑ってうなずかれ……。

 桃花は困惑しながらも、恐る恐る、『うん……。じゃあ、一人で行って来るね』と返事をした。

桃花が結太の自宅に初訪問!?


……というところで、第15章は終了となります。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ