第17話 咲耶、桃花に相談すべきか否か思い悩む
桃花と並んで歩きながら、咲耶は言おうか言うまいか、真剣に悩んでいた。
何を悩んでいるのかと言うと、昨日の龍生との約束のことだ。
夏休み、二人だけで、無人島に泊まるという約束。
何せ咲耶にとって、誰かと付き合うというのは、生まれて初めての経験だ。
恋人同士の夏休みの過ごし方など、どうしていいのか、さっぱりわからなかった。
だから、咲耶としては、同じ女同士ということで、桃花にいろいろと相談したいと思っているのだ。
……が、龍生と二人きりで無人島に泊まるなどと知ったら、桃花はどう思うだろう?
それを考えると、どうにも切り出せない。
もし、
『何考えてるの咲耶ちゃん!? 楠木くんとの時みたいに、事故みたいな状況だったら、仕方ないと思うけど……。でも、恋人同士って言っても、高校生だよ? 高校生が、無人島で数日二人っきりなんて……。イヤッ!! わたしには信じられないッ!!……咲耶ちゃん。男の子と、誰もいない空間で、数日二人っきりになるって意味……ホントにわかってる? 秋月くんだって、あんな澄ました顔してるけど、男の子なんだよ? 襲われちゃったらどーするの?……それとも、咲耶ちゃんもそうなることを望んでるのっ!? まだ高校生なのに!?……イヤッ!! 咲耶ちゃんのバカッ!! 不潔不潔ッ!! 不潔よーーーーーッ!!』
などと、思われてしまったら……。
――まあ、桃花がそんなことを言うはずがない。
咲耶もわかってはいるのだが……。
しかし、万が一ということもある。その〝万が一〟が、しつこく頭の隅に居座って、どうしても消えてくれないのだ。
(ああ……私はどうすればいいんだ。桃花に軽蔑などされたら、生きて行けない……)
内緒にしておいた方が、互いの為なのか?
だが、桃花に隠し事をするなんて耐えられない。やはり、正直に話した方が……。
昨日の夜から、咲耶はそのどちらを取るかで、ずっと悩み続けているのだった。
しかも、昨日の今日だ。
あんなにショックなことがあった後で、こんな浮かれた相談を持ち掛けて来るなんてと、幻滅されてしまう恐れもある。
(……そうだ。桃花は昨日、ものすごく怖い目に遭ったばかりなんだ。それなのに、もう夏休みの――しかも、自分とは一切関係のない話をされても、迷惑なだけ……いや、非常識極まりない話なのかもしれない。……そうか。そうだよな。心に大きな傷を負ったばかりの桃花に、こんなお気楽な話をしようとするなんて、どうかしていた。相談するにしても、もっと桃花の傷が癒えてから……夏休み直前くらいに、相談した方がいいか。……うん。そうだ。そうしよう!)
決意した咲耶は、うんうんと首を縦に振った。
それに気付いた桃花は、きょとんとした顔で見上げて来る。
「咲耶ちゃん?――どうしたの、いきなりうなずいたりして?」
「えっ!?……あ、いやっ、その……。そっ、そんなことより、桃花! 桃花はもう平気なのか? 昨日のことで、まだ怖かったり、傷付いたりしてないかっ?」
「昨日?……あ……。もしかして咲耶ちゃん、ずっと心配してくれてたの?」
「え――、あ……いや、まあ……その……えぇと……。う……うぅ……ん……」
まさか、『その前に、浮かれた相談をしようとしていたがな』とは言えず、咲耶は曖昧に言葉を濁す。
桃花はニコッと笑い、
「ありがとう、咲耶ちゃん。でも、もう平気だよ? 昨日、変な男の人達に車に乗せられて、ボロボロなお家に連れて行かれちゃった時は、怖くて堪らなかったし、『わたし、このまま殺されちゃうのかな?』なんてことまで考えちゃってたけど……。でも、楠木くんが助け――……あ、ううん。実際に助けてくれたのは、体の大きい男の人――え、と……たぶん、秋月くん家に関係する人?――なんだけど、ぐるぐるに巻かれてたテープを、優しく剥がしてくれたのは、楠木くんだったし……。その後すぐ、咲耶ちゃん達も駆け付けて来てくれたでしょう? だからもう、ダイジョーブ。わたしは……ほらっ!」
そう言って、いきなり何を思ったか、商店街の店先に飾ってある、成人男性ほどの大きさのディスプレイを、両手で抱え、軽々と持ち上げてみせた。
そしてまた、そっとディスプレイを元に戻すと、
「――ね? こんなことも出来ちゃうくらい、すっかり元気なんだから。心配しないで?」
小首をかしげて告げる桃花に、咲耶は涙目になりつつ、うっと詰まる。
確かに、桃花が誘拐された時は、心臓が凍るかと思った。
桃花に何かあったらどうしようと、気が気ではなかった。それは本当だ。
だが、自分は……。桃花が助かり、ホッとしてからの自分は……。
龍生との甘いひと時を過ごしたことで、そして、夏休みの約束をしたことで、桃花のことは、もうすっかり片付いたことのように、思ってしまっていた。
桃花も今、『もうダイジョーブ』と言ってはいたが……。『心配しないで?』と、言ってくれてはいたが……。
もしかしたら、自分に気を遣わせまいと、無理をしているのかもしれない。
本当は、まだ怖い思いを抱えているのに、気取らせないように、明るく振舞っているのかもしれない。
もしそうなのだとしたら、桃花の気持ちを深く考えることもせず、龍生とのことでいっぱいいっぱいになってしまっていた自分は、なんて薄情な友人なのだろう……と、思い切り己を責めたくなった。
「桃花……。すまない。私は……。私は――っ!」
「えっ?――さ、咲耶ちゃんっ?」
気が付くと、咲耶は人目もはばからず、桃花をギュウっと抱き締めていた。
桃花の笑顔が、眩しく思えれば思えるほど、申し訳ない想いが胸を満たして、堪らなかったのだ。
(……ダメだ。桃花が、あんな怖い目に遭った後で、一人呑気に、秋月との夏休みを満喫しようだなんて……。すまない、秋月! 私には無理だ!!)
戸惑う桃花を、腕の中に閉じ込めながら、咲耶は決意していた。
龍生との約束は、やはり、なかったことにしてもらおうと。