第15話 東雲、失言を皆から叱責される
客間のドアが閉まったとたん、
「し……っ、東雲ぇええええッ!! まぁたおまえは、余計なことをぉおおおおッ!!」
龍之助の絶叫が、部屋中に響き渡った。
「はいぃいいッ!!――すいませんすいませんッ!! 今のは完ッ全に俺のミスです認めますマジですいませんごめんなさいお許しくださいぃいいいいーーーーーッ!!」
即座にその場でひざまずき、東雲は、何度も何度も頭を上げ下げする。
その横では、それまでひたすら黙っていた兎羽が、仁王立ちして兄を見下ろし、
「お兄ちゃん、サイッテーーーッ!! 昔っからそーゆーとこ――デリカシーに欠けるとこあったけど、全ッ然直ってないのね! 龍生様の前であんなこと言うなんて、もうっ、信じられないッ!!」
「そーだよトラ!! 目の前であんなこと言われちゃったら、もう恥ずかしくて、二人で島になんて行けなくなっちゃうじゃないか!! せっかく楽しみにしてらしただろうに、台無しだよ!! 坊の純情踏みにじって、いったいどーやって責任取るつもりなんだよッ!?」
こういう場合、東雲のフォローに回るのが、鵲の役割のはずなのだが、さすがに今回は、庇う気にもなれないらしい。珍しく、厳しく追及している。
「あああーーーっ、悪ィ!! ほんっとしくじった!! 坊ちゃんが、あんまり素直に喜んでらっしゃるみてーだったから、俺もつい、気が緩んじまって――」
「ついついって、もう何度目なんだよこーゆー失敗!? いくらお優しい坊と言えども、さすがに、ここんところのトラの言動には、失望してらっしゃるに違いないよ!! だいたいが、口が軽過ぎるんだよトラはーーーッ!!」
「そーよ! 隼くんの言うとーりよっ! お兄ちゃんは昔っから、口の軽さで失敗繰り返して来てるんじゃないッ!!……ああ、お可哀想な龍生様。一途に想い続けたお相手との、初めての夏のバカンス……。きっと、すっごくすっごくす……っっごくっ、夢見てらしたでしょうに、お兄ちゃんのせーで、お兄ちゃんのせーで、お兄ちゃんのせーでぇえええっ!!」
未だに龍生ファンである兎羽は、胸の前で両拳を握り、実際に地団太を踏んで怒り狂っている。
もともとは大人しめの女性なのだが、好きなもの(人)に関することだと、豹変する場合があるのだ。
「ぅああ……。マジで俺はどーすりゃいーんだ……。また坊ちゃんに、透明人間になったかのような対応をされちまうのか……?」
膝も肘も床につけたままの状態で、東雲は頭を抱える。
鵲と兎羽は、立ったまま彼を見下ろし、
「まあ、今回のことは、さすがに自業自得じゃないかな?」
「そーよそーよ! 当然の報いよ! お兄ちゃんも、これに懲りたんなら、普段からもうちょっと、自分の言動見直してみることね!」
あくまでも、冷たい態度を貫くのだった。
普段は庇う側の人間であるはずの鵲と、実の妹にまで邪険にされる様子を目の当たりにし、さすがに気の毒になって来たのだろうか。龍之助が、三人の間に割って入って来た。
「まあまあ、鵲も兎羽さんも。責めるのはそのくらいにしてやってくれんか? 東雲も、悪気があって言ったわけではないんだろうしな。もう充分、反省もしておるだろう」
「――龍之助様!!」
正座したままの状態で、上半身だけを起こし、パッと顔を明るくした東雲が、感激の声を上げる。
その様子を横で見ていた赤城は、
(基本、龍之助様は、どなたに対してもお優しいが、東雲と鵲には、必要以上にお優しい――と言うより、甘くていらっしゃる気がするのだが……私の気のせいだろうか? 他人に対して一線を引くタイプでいらっしゃる龍生様も、この二人には、妙に親しみを感じていらっしゃるご様子だし……。ふむ。やはり、この二人の抜け具合が、逆に良い印象を与えているのだろうか? 『バカな子ほど可愛い』という言葉もあるくらいだしな。それに似た感覚なのか?……だとすると、私のように優秀な男は、圧倒的に不利ではないか。……うぅむ。どうすれば、あの二人のように、抜けた男になれるのか。……難しい問題だ)
などということを考えていた。
鵲と東雲が聞いたら、すぐさま怒り出すだろうが、本人は大真面目なのだ。
龍之助からの寵愛を受けたいあまりに、『鵲と東雲が特別可愛がられる理由が、その〝抜けた〟部分にあるのなら、私も同様に、抜けた男になりたい』と、本気で考えている。それがこの、赤城という男の正体だった。
龍之助と赤城。
この二人の関係性を説明する時、歴史好きの人に対してであるならば、〝豊臣秀吉と石田三成〟のような――と言えば、想像しやすいかもしれない。
たとえどんなことがあろうとも、主君に対し、反旗を翻すことなどあり得ない。最期の瞬間まで、忠義を貫くほどの覚悟が、赤城にはあるのだった。
龍之助が東雲を庇うのは、最初に龍生を怒らせてしまったのは自分だという、負い目があるからかもしれないが――。
とにかく、秋月家当主に仲裁に入られてしまっては、鵲も兎羽も、もう東雲を責めることは出来ない。
「……龍之助様が、それでよいとおっしゃるのでしたら……」
「私達も、これ以上責めることはいたしませんが……」
渋々といった感じで、二人は引き下がった。
「うむ。それでいい。ここで私達が責め合っていても、事態は何も変わらんからな。……しかし、困った。龍生に、明日のことを説明しておきたかったし、訊ねることも二~三あったのだが……。出て行く時の様子を見た限りでは、少なくとも今日のうちは、聞く耳を持ってくれんだろう。……だが、あやつらにはもう、連絡を入れてしまっておるしな。今から日を変えてくれと言っても、都合というものがあるだろうし……。ふぅむ。どうしたものか――」
腕を組んで黙考する龍之助に、東雲は両手をつき、土下座したまま進み出る。
そこで再び、床に額をこすり付けるほどの勢いで頭を下げると、
「坊ちゃ――……いえ。龍生様に明日のことをお伝えするお役目、どうか私めにお任せください! 本日は、もう無理だろうと思いますし、龍生様もお疲れだろうと思いますので、明日の朝には必ず! 必ずや龍生様に、本日お伝えするはずだったことを、お知らせいたしますので!――お願いいたします、龍之助様! 俺に、もう一度チャンスをお与えください!」
キッと顔を上げ、真剣な顔で龍之助を見つめ、強く訴えた。