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第14話 龍生、当主の低俗な質問に静かに憤る

「そんなくだらない話をするために、私を呼んだのですか?……呆れてものも言えない。下がらせていただきます」


 低い、怒りを含んだ声でそう言うと、龍生は回れ右して、客間を出て行こうとした。

 顔色と声の調子で、本気で怒っているのがわかったのだろう。龍之助は慌てて立ち上がり、『ま、待て! 待ってくれ龍生!』と呼び止めた。


 龍生はゆっくり振り向く。


「……まだ、何か?」


 怒りを必死に抑え込んでいるためか、まったく表情というものが感じられない。

 しかし、よくよく見ると、こめかみにはクッキリと、青筋が立っている。

 赤城を除くその場の一同は、



(うわぁ……。これ、マジ怒りだ。本気で怒ってるヤツだ。……ヤッバァ~……)



 と、たちまちに冷や汗をかいた。

 龍生は、滅多なことでは本気で怒ることのない男だが、一度怒らせると長いのだ。


 以前東雲が、『坊ちゃんが口()いてくださらない』と(なげ)き、鵲に泣きついていたことを、覚えているだろうか。

 あの時のように、怒っている者に対しては、しばらくの間、一切口を利かなくなるのだ。(まあ、この時は怒っていたというより、結太と咲耶が一晩重なり合って眠った――ということのショックが大き過ぎて、(ふさ)ぎ込んでいただけなのだが)



「す、すまん! デリケートな問題を無理に訊ねようとした、この老いぼれが悪かった! もう二度と、今のような質問はせん! 約束する! だから、もう少し話を聞いてくれんか? 頼む!」


 ここで機嫌を直してもらえなければ、この先、無視状態がかなり長く続くことを、覚悟せねばならない。

 孫にはめっぽう弱い龍之助だ。そんな状態には、とうてい耐えられそうになかった。


 その悲惨(ひさん)な状況を、何が何でも回避するため、龍之助は、孫の機嫌を取り始めた。

 やれ今年の誕生日には何が欲しいだの、やれ小遣いは足りているかだの、物で釣ろうと必死だ。


 今更、物で釣られる龍生ではないと、龍之助もわかっているのだろうが、他に、機嫌を取る方法が思い付かないらしい。

 孫の前だと、ただの〝おじいちゃん〟になってしまうのだなと、周囲の者達は、彼に同情とも、失望とも取れるような視線を送っていた。



「……では、ひとつだけお願いがあるのですが。よろしいですか?」


 絶対に乗って来ないだろうと思っていたのに、意外にも、龍生が反応を示した。

 その場の者達の視線が、一斉に龍生へと向けられる。


 龍之助は、ホッとしたような笑みを浮かべ、うんうんと何度もうなずいた。


「ああ、ああ、もちろんだとも!――で、何が欲しいんだ? ヨットか? クルーザーか? それとも、新しい別荘か?」


 高校生へのプレゼントにしては、贅沢(ぜいたく)過ぎる物を並べ立てたものだ。

 そこまでして機嫌を取りたいのかと、周囲の者達は、(なか)ば呆れ掛けた。


 龍生は『いいえ』と首を振り、


「欲しいのは、物ではありません。夏休みに、咲耶と二人で、無人島に泊まる計画を立てているのですが……お祖父様に、その許可をいただきたいのです」


 心なしか頬を染め、ためらいがちに――だが、(りん)とした声で告げる。

 予想外の〝おねだり〟に、龍之助は目をしばしばさせた。


「無人島?……と言うと、この前行った、あの無人島か?」

「はい。……いけませんか?」


 龍之助は、(あご)を撫でながら、しばらく考え込んでいたが、


「二人で……と言うことは、供の者――鵲や東雲や、安田も付けずにか?」

「はい」


「食事はどうするつもりだ? 毎日インスタントの物を――というわけにも行くまい? お福くらい、連れて行った方がいいのではないか?」

「咲耶は、料理が出来るそうです。毎日の弁当も、自分で作っていると言っていました」


「――ほう。若いのに感心だな」


 言葉だけではなく、本当に感心しているようだ。

 うんうんと何度もうなずき、龍之助は満足げにニコリと笑った。


「うむ。いいだろう。夏休みに、二人で無人島に宿泊することを許可しよう」

「ありがとうございます、お祖父様!」


 すっかり機嫌が直ったようだ。

 龍生はぱあっと顔を輝かせると、深々と一礼した。


「うわぁ~お! やりましたね、坊ちゃん!」

「夏休み、二人だけの無人島……なんて、ロマンチックですね!」


 まるで、自分達のことのように喜ぶ東雲と鵲に、龍生はフッと笑ってみせる。


「ああ。……ありがとう、二人とも」


 滅多に見せない、龍生の心からの笑顔に、その場の者達の心臓は、ズキュンと撃ち抜かれた。

 それでますます舞い上がり、


「いや~、本当によかったですね、坊ちゃん! 無人島に二人っきりなんて、サギの言うよーにロマンチック、ってもんでしょーし……さすがの保科様だって、たちまちイチコロですよ! これで、この前みたいに天気さえ悪くなんなきゃ、絶好の()()()()()()()()()!!――ってもんですよね!!」


 東雲の口から、またポロっと、余計な一言がこぼれ落ちた。


 一瞬、辺りがシンと静まり返る。


「…………あ」


 自分が何を口走ったか、そしてそれが、かなりマズい台詞であったことを、東雲は、遅ればせながら思い知る。

 一気に真っ蒼になり、謝罪しようと口を開いた時には、手遅れだった。


 龍生は再び、顔から一切の感情を消し去ると、


「お祖父様。今のお話は、なかったことにしてください」


 それだけ言い放ち、素早く回れ右して、ドアへと近付く。

 ゆっくりドアを開け、再び回れ右して、部屋の内部に向かい、儀礼的に頭を下げた。


「……それでは、失礼いたします」

「あ……、坊ちゃ――」


 バタン。


 東雲の声に反応を返すこともなく、龍生は静かにドアを閉め、母屋を後にした。

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