第13話 龍生、祖父にコイバナを要求される
龍生が母屋に入ると、赤城が玄関付近で待ち構えていた。
顔を見るなり、『龍之助様が客間でお待ちです』と、一言。
龍生は無言でうなずき、靴を脱いで、急ぎ客間へと向かった。
客間に入ると、正面の一人掛けのソファには龍之助が、三人掛けのソファには堤と兎羽が座り、鵲と東雲は、壁際に並んで立っていた。
赤城は、部屋に入ったと同時に、素早く龍之助の隣に移動し、秘書然として控える。(実際、秘書のような役割も担ってはいるが)
龍生は龍之助に向かって頭を下げ、
「遅れてしまって申し訳ございません、お祖父様。――それで、御用とはいったい何でしょう?」
挨拶も早々に、本題を切り出した。
龍之助は苦笑し、顎などを片手で撫でながら、
「まあ、そう急くな。夕食は済ませたのだろう? ならば、ゆっくりと茶でも飲んで、おまえのコイバナでも聞かせてくれんか?」
「…………は?」
龍之助の口から、『コイバナ』などという単語が飛び出して来るとは、よもや思っていなかった龍生は、一瞬、聞き間違いかと思って目を瞬かせた。
だが、ニヤニヤと笑いながら返事を待っているところを見ると、どうやら、本当に『コイバナ』と口にしたらしい。
(……まったく。新しい言葉を覚えると、すぐ使ってみたくなるようだから困るな。いちいち付き合わされる方の身にも、なってほしいものだ)
龍生はハァとため息をつき、呆れ顔で龍之助を見返した。
「お祖父様、お戯れもほどほどにしてください。ここでお話することなど、何もありません」
すると、龍之助はお道化た調子で、
「まったまたぁ~。ジジイの耳は遠いものと思って、侮っておるな?――はぐらかさんでもよい。こちらも、だいたいのことは把握しておる。……フッフ。どうやら最近、やたらとラブラブ~だそうではないか。見ていると、周囲の者達の方が汗を掻いてしまうほどの熱愛ぶりだと、聞き及んでおるぞ。さあさあ。勿体ぶらずに、その順調なコイバナとやらを、つまびらかに話して聞かせんか」
ニヤニヤ顔を改めようともせず、好奇心丸出しで訊ねて来る。
「『聞き及んで』――?」
龍生は怪訝顔で首をかしげていたが、突如ハッと息を呑み、鵲と東雲を睨みつけた。
二人はギョッとしたように目を見張ると、慌ててブルブル首を振る。『自分達は何も言っていない』と、主張しているのだろう。
(……二人ではないとすると……、お祖父様に余計な耳打ちをしそうな人物と言ったら、残りは――……)
赤城に視線を移すと、思いきり目が合った。彼は表情ひとつ変えず、
「さすがは龍生様です。すぐに私だとお気付きになられましたね。――その通りです。お二人の熱々ぶりをお見掛けするたびに、私が龍之助様に、逐一ご報告申し上げました」
当然のことのように、さらりと言ってのける。
やはりこいつかと、渋い顔をしてみせる龍生に、赤城は眉ひとつ動かさず、
「おや。ご不満のご様子ですね。――龍生様、よくよくお考えください。私は龍之助様の従者です。龍之助様のお望みを叶えて差し上げるのも、仕事の内のひとつなのです。龍之助様は常日頃より、龍生様の恋の進展具合を気にしていらっしゃいました。ですから、私がたまたまお見掛けした、龍生様と保科様の仲睦まじいご様子を、直ちに龍之助様にご報告申し上げるのは、当然のことなのです。もしそれがお嫌なのでしたら、人目に触れる場所での睦み合いは、お控えになられた方がよろしいのではないでしょうか?」
極々冷静に忠告して来て、さすがの龍生も鼻白んだ。
龍之助は、ワッハッハと大笑いし、
「もうよい。そのくらいにしておいてやれ、赤城。長年恋焦がれていた相手と、ようやく両想いになれたと言うのだからな。いくら龍生であっても、舞い上がって、周りなど目に入らなくもなるだろうて」
などと言い、腕を組んで、うんうんとうなずいている。
(『長年恋焦がれて』――だと? 何故お祖父様が、そんなことまでご存じなんだ? 俺は今まで、咲耶については何ひとつとして、話した覚えはないぞ?)
長年片想いしていた事実まで把握されていたことに、内心では強いショックを受け、龍生は、視線だけで周囲を見回した。
――と、鵲と東雲が、慌てて目をそらせ、落ち着きなくモジモジし始めた。
赤城と違い、なんとわかりやすい者達だろうと、思わずため息が漏れる。
……まあ、仕方あるまい。
龍生に忠誠を誓っているとは言え、二人にとっては、龍之助も同じくらいの存在なのだ。
その龍之助から、『知っていることを全て教えろ』とでも迫られたら、黙っていることなど出来ないだろう。
(この家で、完全に俺の味方になってくれるのは、安田だけということか。……赤城は百パーセント、お祖父様寄りだしな)
この赤城という男は、秋月家に仕えている者の内で、唯一、龍生が苦手とする相手だった。
この家に仕えるようになったのは、この中では一番遅いのだが、その割には、異常なほど(龍之助の呆れたお遊びにも、真顔で付き合うほど)、龍之助に忠誠を誓っているのだ。
何でも、養護施設にいた頃に、龍之助に見出されたという話なのだが、詳しい素性などは、龍生でも知らないくらい、謎の多い男なのだった。
「ほれ、龍生。いつまでも苦虫を噛み潰したような顔をしとらんで、さっさと教えんか」
相変わらずのニヤニヤ顔で、龍之助にせがまれた龍生は、再びため息をつき、
「……教えろとは? いったい何をですか?」
仕方なく問い返すと、龍之助は大声で言い放つ。
「そんなもの、決まっとるだろう! 保科さんとはどこまで――……いや! この際、単刀直入に訊こう! もう性交渉は済ませたのかッ!?」
前のめりでの、龍之助のあけすけな質問に、龍生の堪忍袋の緒が切れた。