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第6話 咲耶、龍生の腕の中で力尽きる

 話は少しだけさかのぼる。


 龍生は咲耶を両腕に抱え(お姫様抱っこし)たまま、離れへと向かっていた。

 その間、咲耶はポカポカと肩を叩き続け、両足もバタバタさせながら、『離せ』『下ろせ』と大騒ぎだった。


 しかし、威勢がいいのも最初の内だけ。勢いは徐々に弱まって行き……。

 日本庭園を抜け、イングリッシュガーデンが見えて来た頃には、すっかり疲れ果ててしまったのか、龍生に体を預けるようにぐったりとしていた。


「フフ。ようやく大人しくなったね、咲耶姫? 姫の弱点は、他の能力に比べて、持久力がやや低め――というところかな?」


 クスクス笑いながら、龍生は咲耶をからかうように覗き込む。


「う……うるさ、い……。お、おまえが……タフ、過ぎる……だけだろ……が……」


 咲耶は胸元を大きく上下させながら、息も()()えと言った風に、途切(とぎ)れ途切れに言い返す。『そう言えば、前にも似たようなことがあったな』と思い返しながら……。


「タフ? それほどか?……まあ、咲耶を守れるようになりたくて、これでも結構(きた)えて来たからな。成果が出ているなら、頑張った甲斐(かい)があったというものだ」


 一瞬、遠い目をしてから、龍生は満足げに微笑んだ。

 咲耶は『え?』とつぶやき、僅かに顔を上げて、龍生をじっと見つめる。


「……『咲耶を守れるように』?……どういう、意味だ……?」

「どうって? そのままの意味だよ。咲耶を守れるような、強い男になりたかった。もう二度と、咲耶を泣かせずに済むような、そんな男に――」


 穏やかな顔でそう告げると、龍生も咲耶を見返した。

 今まで見たこともないくらいの、柔らかで温かな微笑みに、咲耶はドキリとしながらも、尚、答えを求めるように、瞳の奥を覗き込む。


 龍生は咲耶の気持ちを理解したのか、軽くうなずくと、


「幼い頃、君をたくさん泣かせてしまっただろう?――あの、大怪我を負った日に。目を覚ました時、俺は一部の記憶を失っていて、一年ほど、君のことを忘れてしまっていたわけだが……。それでも、女の子が泣く声だけは、時々、耳の奥で響くことがあったんだ。その泣き声を聞くと、何とも言えない、悲しい気持ちになって……。そのたびに、何故か思っていた。『強くなりたい』『もっと強くならなければ』と――」


「……『強く』……?」


 思わず、訊ねてしまっていた。

 龍生の言う『女の子』が、自分のことを差しているのだと、咲耶にもわかってはいたが……。


 たった一度、自分が龍生の前で大泣きしたことが、龍生に『強くなりたい』と思わせるきっかけになったなどとは、とうてい信じられなかったのだ。


 それなのに、龍生は優しい笑顔のまま、コクリとうなずく。


「そう。強く。……この泣いている女の子を、二度と泣かせたくないと、何度も思った。そのためには、自分が強くなる必要がある。絶対に強くなってみせる。そう思ったんだ。だから、安田や鵲達に頼んで、様々な武道や護身術や、精神を鍛えるための訓練などもしたよ。そんなことを続けながら、一年が経って……俺はまた、桜の木の下で君と出会った」


「え……?」



 『また、桜の木の下で君と出会った』――?

 そんなことがあっただろうかと、咲耶は一瞬、考え込んでしまった。



 きょとんとする咲耶を見て、龍生はクスリと笑うと。


「――なんてね。正確に言えば、〝記憶の中の君と出会った〟、だろうけれど。……君を思い出して、ようやく俺は、本当の意味で理解したんだ。自分が『強くなりたい』と願った訳を――」

「……秋……月……」


 話しながら、ゆっくりと歩いて来て、今二人は、イングリッシュガーデンの端の方――離れに近いところまで来ていた。

 このまま歩いて行けば、離れまでは、もう一分と掛からない。



(……嫌だ。離れに着けば、荷物をまとめて、帰らなければいけなくなる。……もちろん、帰るつもりで来たんだが……。でも、もう少しだけ……あと、ほんの少しだけでいい。このまま、秋月と共にいたい)



 そんな咲耶の胸の内を、気付いたのかどうか定かではないが、龍生は急に立ち止まり、腕の中の咲耶の顔を、じっと見つめた。


「再び思い出した時から……俺は完全に君の(とりこ)だ。……いつもいつも、君のことばかり考えていた。君のためには、会わない方がいいんだと言い聞かせながら……それでも、会いたくて堪らなかった。会いたい。会いたくない。会いたい。会わない方がいい。でも会いたい。会いたい。会いたい――! そんな気持ちを、行ったり来たりしながら……ずっと、君のことだけを」


「……そ……そんな……。そんなこと、急に……言われたって……」


 真剣な眼差しで、長年の熱い想いを伝えられ、咲耶は耳や首筋まで真っ赤になった。


 告白はとっくにされているし、既に付き合ってもいるのに、更にこんなことを言って来るなんてと、胸の高鳴りとときめきが、ハンパないくらいに激しくなって行く。


「ず――、ズルいぞっ! おまえはすぐ、そーゆー、歯の浮くよーなことを言って来て、私を混乱させるんだ! 私のことだけ、とか……ずっと想ってたとか、好きだったとか……そんなことばっかり言って、恥ずかしいとは思わないのかッ!?」


 照れ臭さが頂点に達し、咲耶は龍生の胸元に顔を(うず)めた。


 恥ずかしくて恥ずかしくて、自分が今、どんな顔をしているのかもわからない。

 みっともない顔をしていたらどうしよう?――そう思うと、龍生に顔を向ける気には、どうしてもなれなかった。


「恥ずかしくないのかって?……もちろん、恥ずかしいよ」

「……えっ?」


 驚いて、つい顔を上げてしまった。

 龍生のことだから、いつものようにケロッとした顔で、『恥ずかしい? どうして恥ずかしいんだ?』――とでも、言ってのけるだろうと思っていたのに――。

 見事に、予想を裏切られた感じだ。


 咲耶と目が合うと、龍生は困ったように視線を外し、


「……もちろん、恥ずかしいが……仕方ないだろう? 君には、遠回りな言い方をしたって、伝わらないだろうし……。君に、誤解されることなく想いを伝えるには、ストレートに気持ちをぶつけるしかないじゃないか。……でなきゃ、わかってくれないだろう?」

「――う……っ」



 確かに、遠回しな言い方で想いを伝えられても、自分には理解出来ないかもしれない。

 理解するどころか、気付くことすら出来ないのでは……?



 ……悔しいが、龍生の意見に同意するしかなく、咲耶は気まずく顔を伏せた。

 龍生はまた、クスリと笑って。


「ほら。言った通りだろう?……だから俺は、君の前でだけは、常に正直でいようと決めたんだ。俺をこういう人間にしたのは、咲耶――君なんだよ?」


「う……う……。それは……その……何と言えばいーのかわからん……が……」


 しどろもどろになりながら、咲耶は真っ赤な顔のまま、視線を落ち着きなくさまよわせる。

 そんな仕草が無性に愛おしくて、


「咲耶」

「――え?」


 反射的に顔を上げた咲耶の唇に、龍生は素早くキスをした。

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