第4話 結太と桃花、共に帰路に就く
「え? 咲耶ちゃん、一緒に帰らないんですか?」
咲耶に『待っていてくれるか?』と言われた桃花は、素直に、咲耶が戻るのを門の外で待っていた。
だが、十数分後に、再び安田が現れ、咲耶はまだ帰れないらしいとの、報告を受けたのだった。
「はい。龍生様と、少々お話があるようです。先に帰っていてほしい――とのことでした」
「あ……そうなんですか。わかりました。お伝えくださって、ありがとうございます」
桃花は礼儀正しく頭を下げる。
安田は、『これはご丁寧に。恐縮です』と返しながら、三十度ほどの角度でお辞儀した。
桃花は、咲耶が『帰っていてほしい』と言ったと思っているのだろうが、実は違う。孫に気を利かせた、龍之助からの言付けだった。
しかし、〝誰に言われたか〟を告げなかっただけで、安田も嘘は言っていない。
(お許しください、伊吹様。秋月家御当主は、龍生様には、大層甘くていらっしゃるのです)
心で桃花に詫びつつも、顔や態度にはおくびにも出さず、安田は、車の後部座席のドアを開けた。
「それでは、結太様のお隣にお乗りください。ご一緒にお送りいたします」
「えッ!?――い、伊吹さんだけっ? 保科さんはっ!?」
安田が戻るまで、車の中で待つようにと言われていた結太は、ドアが開いたとたん、桃花の姿だけがあったことに驚き、焦って安田に訊ねる。
てっきり、桃花と咲耶と、三人一緒に送って行ってくれるものと思っていたのだ。
「今しがた、伊吹様にはご説明申し上げたのですが、保科様は、龍生様とお話があるそうです。先に、結太様と保科様をお送りするよう、仰せつかりました」
ここでも、誰に言われたかは、あえて口にしない安田だった。
結太は、嬉しいのだが、素直に喜べないという複雑な気持ちで、
「え……。あぁ、そーなんだ。……まあ、そんじゃ……しょーがねー……か」
どこか気の抜けた声でつぶやく。
桃花と二人きり(安田を数に入れなければ、だが)とわかったとたん、心臓がドックンドックンと、大きく脈打ち始めた。
緊張で口の中が渇き、息苦しい。
結太は、桃花が乗り込んでくる前に、どうにか落ち着こうとして、何度か控えめな深呼吸をし、膝の上に置いた手を、ギュッと握った。
廃墟では、桃花に泣きながら抱きつかれ、思わず抱き締め返してしまったが、その後、『お願い離れてっ、楠木くんっ!!』と言われてしまったことが、結太の心に、ずっと引っ掛かっていた。
廃墟から秋月家に戻って来るまでの車中は、龍生も咲耶も一緒だったことと、この二人の険悪な雰囲気が気になっていたこととで、思い出さずにいられたのだが……。
車中で咲耶が戻るのを待っている間、改めてあの時のことを考えていたら、相当大胆なことをしてしまっていたことに、今更ながら気が付いたのだ。
(オレ……どさくさに紛れて、抱き締めたりしちまって……。伊吹さん、ビックリしてたな。……そりゃそーか。知らねー仲じゃねーっつっても、いきなり男に抱き締められたら、驚くに決まってるよな。……あの時は、泣いてる伊吹さん見てたら、なんか、堪んねーっつーか、守ってやりてーって気持ちになっちまって……。女の子一人で、知らねー男共に囲まれて、怖かったろーなって……少しでも、恐怖心を和らげてやりてーなって思って、それで――……)
結太を拒絶するような台詞を言った後、桃花は慌てて、『違うのっ! イヤだったとかじゃなくてっ』――とは言ってくれたが、困ったような顔をしていた。
きっと、結太を傷付けまいと、必死に言葉を選んで、気持ちを伝えようとしてくれていたのだろう。
(けど、そこで保科さんが現れて……二人で泣き始めちまったから、結局、伊吹さんが何を言おーとしたのかは、わからず仕舞いになっちまったんだよな)
結太は、そこでちらりと、隣に腰を下ろした桃花の様子を窺った。
とたん、桃花が結太の方を向き、思いきり視線が重なる。
「――っ!」
恥ずかしさと気まずさで、二人はとっさに前を向く。
それから、互いに真っ赤な顔をして、落ち着きなく、モジモジし始めた。
目が合った程度で、赤面してしまうとは。ずいぶん初々しいことだなと、ルームミラー越しに二人の様子を窺っていた安田は、内心でつぶやいた。
龍生と咲耶も、まだ初々しいと言っていい時期ではあるが、この二人はそれ以上だ。きっとまだ、想いを伝え合う前の状態なのだろう――と、安田は冷静に推測してみせる。
(初めの内は龍生様も、二人の恋を応援したい――というようなことをおっしゃっていたが、ご自分の恋が成就した今となっては、すっかり、保科様のことしか考えられなくなっていらっしゃるご様子。……まあ、傍から見れば、結太さんも伊吹様も、両想いでいらっしゃるのは明白だ。放っておいても、いずれは、お付き合いすることになるのだろう)
仕事に邁進するあまり、未だ独身である安田にとっては、龍生と咲耶も、結太と桃花も――同じくらい眩しく映る。
自分にも、あんなに可愛らしい恋をしていた時期があっただろうかと、後ろの二人に気付かれぬよう、フッと笑みをこぼすのだった。