第15話 結太と安田、ついに敵のアジトに乗り込む
安田は結太を軽々と背負いながら、廃墟までやって来た。
廃墟の前の、雑草を刈り取って出来たような、車一台がようやく止められるほどのスペースには、白いワゴン車が停めてある。これがきっと、桃花を攫うために使用された車なのだろう。
安田は、ほとんど足音を立てずに、廃墟前の木陰へと近付き、結太を背から下ろした。
「まずは私が、窓から中の様子を窺って参ります。結太さんは、私が合図するまでここにいてください。いいですね?」
小声で告げると、結太は声を出さぬまま、小さくうなずいた。
安田はそろりそろりと、廃墟のボロボロな窓へと近付いて行き、窓下に屈み込むと、声が洩れ聞こえて来はしないかと、注意深く耳を澄ませた。
――しかし、しばらく待ってみても、何も聞こえては来ない。
あまりにも静かなのを不審に思った安田は、少しずつ体を起こし、窓の下部から少しだけ顔を出し、内部の様子を窺った。
すると、
「堤!?」
見つかってはいけないはずなのに、安田はその場で立ち上がり、ほぼ仁王立ちの格好で大声を上げた。
「えええええッ!?」
すぐにでも飛び出して行きたい気持ちを必死に堪え、木陰でじっとしていた結太は、安田の意表を突いた行動に驚き、思わず叫んでしまった。
秋月家の運転手ともあろう男が、いったい何をしているのだ?
こっそり様子を窺うどころか、大声を上げて立ち上がるなど、誘拐犯に、『見つけてくれ』と言っているようなものではないか。
どう反応していいかわからず、一人であわあわしてしまっていると、安田は大きなため息をつき、結太を振り返った。
「ご安心ください、結太さん。もう大丈夫です」
何故か苦笑を浮かべつつ、そう告げてから、廃墟のドアの方へと歩いて行く。
結太は、しばしポカンとして突っ立っていたが、ハッと我に返ると、慌てて、足を引きずりながら後を追った。
躊躇することなく廃墟のドアを開けると、安田は中へと進み、そこにいた体の大きな男に向かい、
「堤! 犯人を捕まえたなら捕まえたと、何故すぐに連絡を入れない!? お陰で、掻かずともいい汗を掻いたぞ!!」
厳しい顔つきで、咎めるように言い放つ。
咎められた男の方は、
「はあ……。申し訳ありません。こいつらを縛り終えたのは、安田さんが現れる、ほんの少し前のことでしたので。連絡する暇がありませんでした」
などと言い、無表情のまま頭を掻いている。
安田に少し遅れて、廃墟の中へ入って来た結太は、大男と、縄で体をぐるぐる巻きにされ、床に転がされている若い男二人を認めると、これでもかと言うくらいに目を丸くした。
「ええッ!?……な、何だこれっ?」
どういう経緯でこうなったのかわからないが、とにかく、この大男が、誘拐犯を捕まえてくれたらしい。
「……え、と……。あッ!! そーだ伊吹さんッ!! 伊吹さんはッ!?」
慌てて周囲を見回す。
すると、部屋の隅の方に、両手と両足を粘着テープでぐるぐる巻きにされ、口にテープを貼られ、床の上で体を丸めている桃花を発見した。
「伊吹さんッ!!」
必死に足を引きずりながら、桃花の側まで歩いて行くと、結太はその場に屈み込んだ。
とたん、瞬きした桃花の両目から、涙がぽろぽろとこぼれ落ち、結太の胸に、ツキンとした痛みが走る。
「ひでーな……。女の子の肌に、直接、粘着テープ貼ったり巻いたりするなんて」
結太はそっと桃花の手を取り、桃花の肌を傷付けないよう、痛みを感じずに済むように、なるべく優しく、ゆっくりと、手首と足首に巻かれた粘着テープをはがして行った。
それをはがし終わると、今度は、桃花の口元に貼られているテープに手を伸ばす。
「少し痛いかもしんねーけど……ごめんな?」
桃花はじっと結太を見つめてから、僅かに首を横に振った。
少しずつ、少しずつ、テープをはがして行く。
あまり粘着力の強くないテープだったので、まだよかったものの、これが粘着力の強いものであったら、かなり痛かったろうなと思いながら、慎重に、かなり時間を掛けてはがした。
「……ふぅ。やっとはがせ――……たっ?」
粘着テープを床に落としたとたん、桃花が思い切り抱きついて来た。
まさか、抱きつかれるとは思っていなかった結太は、驚いて目を見張った後、一気に体温が上昇してしまった。
「い――っ!……い、いいいいいっ、伊吹……っ、さんッ!?」
驚きと感動と混乱とで、一瞬、頭が真っ白になる。
結太の両手は、桃花の背中から十センチほどの位置にあったが、この後、どこに持って行っていいのかがわからず、空中で停止したままだ。
桃花は結太の胸に顔を埋め、どうやら、泣き出してしまったようだった。
「……伊吹、さん……」
無理もあるまい。
突然、訳のわからないまま、見知らぬ男達に攫われ、手足まで縛られ、声も出せずに……今までたった一人で、恐怖と闘って来たのだ。
助かったと思ったとたん、ホッとして、気が緩んでしまったのだろう。
そんな桃花を励ましたくて、結太は恐る恐る、桃花の背中と頭に手を添えた。
桃花は一瞬、ピクリと肩を震わせてから、
「怖……かった……。こわ――、怖かったよぉぉ~~~~~っ。楠木くんっ。怖かったよぉぉおおーーーーーーーッ!!」
すすり泣きが、声を上げての号泣に変わる。
悲痛な泣き声が心に突き刺さり、結太は溢れる気持ちを抑え切れずに、桃花を掻き抱いた。