第13話 龍生と咲耶、安田からの報告に蒼ざめる
話が深刻なだけに、周りの目が気になった龍生は、安田と小声で会話しながら、蒼ざめたままの咲耶の手を引き、駅前広場にある、一番端の木陰へと移動した。
そこで、素早く周囲へと視線を走らせ、近くには誰もいないことを確認すると、改めて訊ねる。
「安田。伊吹さんが何者かに連れ去られたらしい、とはどういうことだ? 連れ去られるところを目撃したのか?」
『いいえ。直接目にしたわけではございません。ですが……』
「ですが、なんだ? 言いよどんでいる暇などないぞ!? 連れ去られたというのが事実なら、こうしている間にも、伊吹さんが危険な状態にあるということだからな!」
龍生の言葉に、咲耶がビクッと体を震わせた。
それに気付くと、龍生は咲耶の肩に優しく手を置き、『大丈夫だ』という意味を込め、大きくうなずく。
『それは承知しております。――では、龍生様。お叱りを承知で申し上げますが、実は私は……伊吹様の制服の目立たぬところに、小型の発信器を仕掛けさせていただいておりました』
「何ッ!?――発信器だと!?」
いつの間にそんなことを――?
安田と桃花に、そんなものが仕掛けられるほどの、接触などあっただろうか?
龍生は呆然としながら、安田の返事を待った。
『はい。伊吹様に取り付けさせていただいた発信機の様子を、スマートフォンに表示された地図上で確認しておりましたところ、通学路の途中から、急にスピードを上げたのです。歩くスピードではございません。バスか車か……。スピードが上がったのは、線路から外れた場所からでしたので、電車ではないことは確かです。電車以外の乗り物に乗ってか、乗せられてか……どちらかは定かではございませんが、伊吹様は今……どうやら、あの場所に向かっている様子なのです』
「『あの場所』?」
『はい。あの場所です。――十年前、鵲と東雲が隠れ家にしようとしていた、あの廃墟です』
「な――っ!」
信じられない場所を告げられ、龍生は絶句した。
十年前、龍生と咲耶が連れ去られたあの場所に、今度は、桃花が連れて行かれようとしていると言うのか?
「どういうことだ、安田!? 何故伊吹さんが、その場所に連れ去られねばならない!?」
『理由はわかり兼ねます。ですが、地図上で、発信器の点滅した光が示している場所は、確実にあの廃墟へと向かっております』
淡々と報告する安田に、訊ねたいことは山ほどあったが、今は、それをひとつひとつ確認している暇はない。
「わかった。とにかく、東雲に連絡して迎えに来させる。それから、俺もそちらに向かう」
『はい。よろしくお願いいたします。敵が何人いるのか、今の時点ではハッキリしておりませんので、援軍は多い方が助かります。結太様もいらっしゃいますが、怪我をなさっている結太様に、救出のお手伝いをしていただくわけには参りませんし……』
「結太だと!? 結太もそこにいるのか!?」
『はい、いらっしゃいます。結太様を病院までお連れする前に、伊吹様が危機的状況にいらっしゃることが判明致しましたので。誠に勝手ながら、ご同行願いました』
「……そうか。結太もそこに……」
それでは、さぞ気が気ではないことだろう。
想い人が、何者かによって、連れ去られている最中なのだから――。
『結太様には、私の代わりに、ナビの確認をお願いしております。運転中の通話や画面注視は、道路交通法で禁止されておりますので』
「通話禁止? では、今はいったい――……ああ、そうか。イヤホン不要の、ハンズフリーカーキットとやらがあるんだったな」
『はい。――それでは、龍生様。東雲達への連絡を、よろしくお願いいたします。追跡中の車が、廃墟のある場所を越えて、更に違うところへ向かって行くようでしたら、また改めて、ご連絡差し上げます』
「わかった。伊吹さんのこと、くれぐれもよろしく頼む。絶対に無傷のまま、救い出してくれ」
『はい。必ず。――それでは、失礼致します』
安田からの電話が切れた後、龍生はすぐさま、東雲に電話を掛けた。
手短に事情を説明すると、よく理解出来ていない様子だったが、とにかく、緊急事態ということだけは伝わったらしい。『直ちにお迎えに上がります!』と、興奮気味の声で返して来た。
龍生は長めのため息をついてから、咲耶に目をやり、大きくうなずく。
「大丈夫だ。安田と結太が、伊吹さんを連れ去ったらしい車を、追跡してくれている。安田は十年前、俺と咲耶を救い出してくれた、優秀なボディガードだ。……元、ではあるが。しかし、今でも体を鍛えることは怠っていないそうだし、腕は鈍っていないはずだ。きっと、伊吹さんを無傷のまま、救い出してくれる。結太も一緒にいるんだ。あいつなら、たとえ自分がどうなろうとも、伊吹さんを助けようとするに決まっている。……だから咲耶、そんな顔するな」
そっと咲耶の頬に触れ、龍生は辛そうに微笑んだ。
咲耶は涙をいっぱいに溜めた目で、龍生をじっと見つめ……頬に添えられた龍生の手に、自分の片手を重ねると、小さくうなずいた。