第12話 咲耶、桃花が駅にいないと取り乱す
桃花が車で連れ去られてから、数分ほど経った頃。
駅に着いた龍生と咲耶は、ホームに桃花の姿がないことに気付き、心配して、構内を捜し回っていた。
「おかしい! どこにもいない! メッセを送っても反応がないし、電話しても出ない! 用があるとは言っていたが、メッセも送れない、電話にも出られないような用事なのか?……既に家にいて、風呂に入っているとかなら、まだわかるが……私達が学校を出たのは、桃花が行ってしまってから、数分後だったはずだ。しかも、結構早歩きだったし、桃花は歩くのは遅めの方だから、絶対途中で会えると思っていたのに、会えないまま駅についてしまった。この時間、下りの電車は十数分置きにしか来ない。次に来るのは二分後で、その前の電車は、十一分前に発車している。私達との差が十分にも満たない桃花が、前の電車に乗れたはずがないんだ。それなのに何故……。何故、桃花は駅にいない!? なあっ、どーしてなんだ秋月っ!?」
泣きそうな顔で、咲耶は龍生を仰ぎ見る。
龍生は咲耶の肩にそっと手を置き。
「落ち着いて、咲耶。何かあったと決まったわけではないんだ。取り乱すのはまだ早い」
「だが――っ!……用事があるなんて、校門前で初めて知ったんだ。朝は、そんなこと一言も言ってなかったのに。……桃花は、用事があって一緒に帰れないときは、必ず、数時間前には伝えてくれていた。直前にあんなこと言い出すなんて、今まで一度もなかったんだ!……だから、きっとあれは嘘だ。私達に気を遣って、二人で帰らせようとして……。でも、駅に着きさえすれば、絶対に合流出来ると思っていたんだ! なのにいない! 桃花がどこにもいない! 桃花に……桃花にもしものことがあったら、私はどーすればいいんだ!?……私は……私は――ッ!」
「咲耶ッ!!」
龍生は鋭く名を呼んで、咲耶の肩を軽く揺さぶった。
咲耶はハッと目を見開き、涙を溜めた目を龍生に向ける。
「落ち着くんだ、咲耶。駅にいないとしても、商店街に寄り道している可能性だってあるだろう? 電話やメッセに反応がないのは、何らかの理由で、電源がオフになってしまっているとか、電池切れだって考えられる。今までだって、それくらいのことはあったんじゃないのか?」
龍生の言葉を受け、何やら考えているような顔をしてから、視線を下に落とすと、
「……そう……だな。その程度のことなら……あった、気がする。……すまん。桃花らしくないことが、立て続けに起こったものだから……少し、大袈裟に捉え過ぎてしまっていたのかもしれん。……そうだな。そうだよな。用事があると言っていたんだから、商店街のどこかの店に、寄っているのかもしれないよな」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、咲耶はこくりとうなずいた。
「じゃあ次は、商店街の店を片っ端から捜してみる! 秋月、付き合ってくれるか?」
不安げに見つめる咲耶の頭に、そっと手を置くと、龍生はふわりと笑ってみせる。
「当たり前だ。いくらでも付き合うよ。――さあ、行こう!」
咲耶の手をギュッと握り、龍生は商店街に向かって駆け出した。
咲耶の手前、ああは言ったが、内心では、龍生も不安で堪らなかったのだ。
五十嵐が、『秋月龍生の恋人が、誰なのか知っているか?』と、高校の生徒達に訊き回っていると、龍之助から聞いた時、龍生は当然、咲耶のことだと思った。
咲耶が狙われている、咲耶が危ないと、そんなことばかりで頭がいっぱいになってしまい、桃花のことは、全く頭に浮かんでは来なかった。
しかし、五十嵐が生徒達に訊き回っていたのは、いつ頃だ?
つい最近のことであるなら、生徒達は間違いなく、咲耶の名を挙げるだろう。
だが、訊き回っていたのが、咲耶と付き合い始めたと、生徒達に知られる前であったなら……たぶん、桃花の名が挙げられていたのではないだろうか。
何故なら、龍生が桃花に『お試しで付き合ってくれないか?』と告げ、桃花も、それを受け入れてくれていたからだ。
初めの内は、龍生もわざと、桃花に気があるようなそぶりを見せていたから、本当に桃花と付き合っていると思っていた生徒も、幾らかはいたに違いない。
もし、五十嵐が訊き回っていたのが、その頃だったなら……。
狙われていたのは、咲耶ではない。桃花の方だ。
(クソッ! 俺としたことが、その可能性を、一度も考えてみたことがなかったとは!……ダメだな。咲耶のことになると、他が全く見えなくなる。冷静な判断力を失くしてしまう。いつもの俺ではなくなってしまうんだ。だから最近、失敗ばかりして……。すまない、伊吹さん。俺の我儘に、散々付き合わせておきながら……肝心な時に、俺は……)
咲耶の手を引いて走りながら、龍生の心は、後悔と自己嫌悪とで、ぐちゃぐちゃになっていた。
桃花にもしものことがあれば、いくら、普段はお人好しな結太であろうと、絶対に龍生を許しはしないだろう。
俺は、大事な親友を失くすことになるのかもしれない。――最悪な結果が頭をよぎる。
(……いや! まだそうと決まったわけではない! 伊吹さんは無事だ! 無事に決まっている!……そうでいてくれなければ、俺は……俺は一生、自分を許すことが出来なくなる!)
そんな気持ちを押し隠しながら、構内を出、商店街への入り口目指して、階段を駆け下りている途中、龍生のスマホが鳴った。
ハッと足を止め、慌ててスマホを取り出し、画面を見ると、発信元は安田と出ていた。
「安田か! どうした?」
スマホを耳に当てて訊ねると、安田の口から、信じられない言葉が発せられた。
「――何ッ!? 伊吹さんが、何者かに連れ去られたらしいだと!?」
龍生の顔が、サッと蒼ざめる。
それを見た咲耶の顔も、たちまち絶望の予感に歪んだ。