第10話 結太、桃花が窮地にあると告げられ混乱する
突然、安田から『伊吹様に危険が迫っている』という、耳を疑うようなことを告げられ、結太は混乱した。
「はっ?……危険、って……いったいどーゆーことだよブンさんっ!? なんで伊吹さんに危険が!? 危険って、どーゆー種類の危険だよ!?」
身を乗り出して訊ねる結太に、安田は厳しい表情を崩さぬまま、
「どういった類の危険かは、今の時点では、私にも判断致し兼ねます。しかし、伊吹様の本日の御用向きが、お車での移動が必須ではない――とするのでしたら、少々、雲行きが怪しくなって参りますね」
そう言うと、傍らに置いてあったスマホを持ち上げ、後部座席の結太に差し出した。
「結太さん。お願いがございます。――この画面で、点滅している黄色い光が、ご確認いただけますでしょうか?」
「えっ?――あ、ああ……うん。黄色く光ってる、点みてーのは見えるけど?」
慌てて体を伸ばし、スマホを受け取った結太は、スマホの画面に目を落とし、小さくうなずいた。
「それでは、これからその光が向かう場所を、私に教えていただけますか?」
「向かう場所?……って、ブンさん、これ……車のナビ? でもって、この点滅してるのって……」
ゴクリと、結太は唾を飲み込んだ。
まさかとは思うが、安田の様子を見る限り、答えはそうとしか思えない。
安田は前を向いたまま、結太の考えていることを肯定するようにうなずく。
「点滅している光は、伊吹様のいらっしゃる場所を示しています。……伊吹様は、駅から高校までの間、徒歩で通われていらっしゃるのでしたね?」
「えっ?……あ、ああ、うん。距離もそんなにねーし、電車組の生徒は、だいたい徒歩じゃねーのかな?」
「……左様で。それでは、やはり妙です」
「妙? 妙って、何が?」
「点滅している光は、伊吹様の歩くペースで、地図上を進んでいるはずなのですが……途中、一~二分ほど停止し、その後、急にスピードが上がったのです。電車にお乗りになられたのでしたら、それも当たり前のことなのですが、スピードが上がったのが、駅から数百メートルほど手前からで……。伊吹様がバスをご利用なのでしたら、それもわかるのですが、徒歩でいらっしゃるとしましたら、この、急なスピードの上がり方は、車にでもお乗りになられたとしか、考えられません」
「車? 用事があって、誰かの車に乗ってったってことか?」
「はい。……本当に、御用がおありなのでしたら、ですが――」
意味ありげに言葉を切る安田を不審に思い、結太は顔を上げて訊ねる。
「えっ?……『本当に』、って……。どーゆーことだ? 伊吹さん、用事があって一人で帰ったんじゃねーのか? ブンさん、何か知ってるワケ?」
「……いえ。伊吹様が、本当に御用がおありで、ご家族かお知り合いの車にお乗りになられたのでしたら、それで良いのです。何の問題もございません。ただ……」
「……ただ?」
「お知り合いの車に、自らお乗りになられたのではなく、見知らぬ何者かに、無理やり乗せられたのだとしましたら、これは大変なことです」
「な――っ!」
いきなりの物騒な発言に、結太の顔色が変わる。
「見知らぬ何者かに無理やり乗せられた!?――なんだよそれッ!? どーゆーことなんだよブンさんッ!? 伊吹さんが見知らぬ何者かに――って、まさか……誘拐ってことかよ!?」
「まだ、そうと決まったわけではございません。ですが……光が向かっている先が、怪し過ぎるのです」
「怪しい?――って、何がッ!?」
「光の向かっている先にあるもの。それは――……山です」
「山?」
「そうです。山です。そこまで高い山ではございませんので、丘と言った方が近いのかもしれませんが……あの丘に向かったところで、道中は何もございません。ファミレスやコンビニすら。ただし、あの丘の頂上には……」
「頂上には!? 頂上には、いったい何があんだよ!?」
焦って、答えを急かす結太に対し、安田は、表面上はであるが、あくまで落ち着いている。
危機的状況下でも、常に冷静であるようにとの訓練を受けているのだ。
「……かろうじて形を留めているのみの、廃墟です。あそこには、私もたった一度だけ、行ったことがございます」
「廃墟!?……なんでそんなとこに、伊吹さんが……」
そこまで考えて、結太はサッと蒼ざめた。
家族や知り合いと共に向かった、というのであれば、何の問題もないのだろう。
しかし、さきほど安田が言っていたように、〝誘拐された〟とするならば、廃墟に向かう理由など、たぶん、たったひとつしかあるまい。
――そう。監禁だ。
監禁場所として、その廃墟を考えているのであれば……誘拐の可能性は、極めて高くなる。
何故なら、本当に丘に向かうまでの間、家族や、仲間揃って向かう場所――ファミレスなどの店が、一切ないとするならば、廃墟しかないその丘に、わざわざ、学校帰りの高校生を連れて行くというのは、不自然過ぎるからだ。
考えたくはないが、事実であってほしくはないが……誘拐である方が、納得出来る答えではある。
「ちょ…っ、ちょっと待ってくれよ! なんで伊吹さんが、誘拐されなきゃなんねーんだよ!?……そりゃ、伊吹さんはメチャメチャ可愛いから、変態ヤローにつけ狙われてたとしても、おかしくねー――っ、のかも、しん――……」
脳内に、現実に起こった数々の誘拐事件や、監禁事件のニュースが、次々に浮かんでは消えて行き、結太はますます、顔面蒼白になった。
誘拐など、身近に起こるものとして考えたことは、今まで一度もなかった。なかったが……。
桃花ほど、小柄で可愛らしい少女であれば、誘拐犯に狙われたとしてもおかしくない。――そんな気がして来てしまったのだ。
「嫌だッ!! そんなのぜってーヤダッ!!――ブンさん、急いでくれ!! こーしてる間にも、伊吹さんが怖い目に遭ってんのかと思うと堪んねーよ!!……頼む!! 事故らねー程度に急いでくれッ!! お願いだッ!!」
ほとんど涙目になりながら、結太は安田に懇願する。
安田もコクリとうなずきつつ、『承知しております』とつぶやき、アクセルを踏み込んだ。