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第9話 結太、一人で帰った桃花を気に掛ける

「えっ!? 伊吹さんだけ先に帰った!?――なっ、なんでだ!? どーして今日に限って、伊吹さんだけ?」


 すっかりお馴染(なじ)みになった、秋月家運転手の安田に対し、結太は驚きの声を上げる。

 最初は、あんなに嫌がっていた結太だったが、ここ数日で、安田に送り迎えしてもらうのにも、だいぶ慣れて来ていた。



 ――と、それはともかく。結太が驚いていた理由だ。



 安田の証言によると、今から少し前、桃花が一人で駅に向かって駆けて行くのを、目撃したそうなのだが……。


 結太が送り迎えしてもらうようになってからは、龍生と咲耶のカップルに、桃花を加えた三人で、電車通学するようになっていたはずだ。

 それなのに何故、今日は桃花一人で、駅に向かって駆けて行ったりしたのだろう?


「理由はわかり()ねますが、その後、龍生様と保科様も、伊吹様より数分遅れで、駅の方に向かわれました。ですので、本日は……何か御用がおありになり、伊吹様のみ、先に駅に向かわれたのではないかと――」

「用事?……伊吹さん、そんなこと言ってたっけなぁ?」



 まあ、たとえ用事があったとしても、それをわざわざ、結太に告げることはないだろうが。

 彼女ならまだしも、今の時点では、ただのクラスメイトに過ぎない。プライベートなことを、結太に逐一(ちくいち)報告する義務などないのだから。



「……そっか。用事か……」


 用事と言うのなら、特に何かがあったというわけでもないのだろう。心配することはないかと、結太が考えていると。


「どのような用事がおありになるのか、事前に知っておりましたら、この車にお乗せして、お送りさせていただくことも出来たのですが……。残念でございましたね、結太さん」

「えッ!?――な、何言ってんだよブンさん!? おっ、オレはべつに、残念だなんて言った覚えねーけどっ?」


 ハンドルを握り、しっかり前を向いたまま、安田はクスリと笑った。

 たぶん、結太が桃花を好きだということを、龍生から聞いて知っているのだろう。

 結太は心の中で、『くっそ~! 龍生め。勝手に教えやがって』と、ムカついていた。


 まあ、知っていたとしても、安田は、軽々しく言いふらすような男ではないが。

 そうとわかっていても、やはり、勝手に秘密をバラされてしまうというのは、気分がいいものではない。


 ムスッとした顔で窓の外を見ると、よく知った景色が目に飛び込んで来た。いつの間にか、結太の住むマンションの手前辺りまで来ていたらしい。

 いつものようにマンションの前で停めてもらうと、結太は安田に手伝ってもらいながら車から降り、部屋へと急いだ。



 この後、軽装に着替え、リハビリをするために病院まで送ってもらう――というのが、ここ数日の日課だった。

 送るのは家まででいいと、一度は断ったのだが、『ついでですから』と安田は言い張り、結局は、お言葉に甘えさせてもらうことにしたのだ。


 本当は、リハビリが終わった後も迎えに来ると言われたのだが、終わる時間は日によって微妙に違うし、そこまでしてもらうのは申し訳ないので、それだけは、いくら食い下がられても断った。


 まったく、秋月家の人間は、(そろ)いも揃ってお人好しだよなと、結太は感心するのだった。




 着替えを済ませて降りて来ると、いつもであれば、安田がすぐに気付いて、下りて来てくれるのだが、今日は様子が違っていた。

 近付いて行って車の中を窺うと、安田は結太に気付く気配もなく、スマホの画面を、食い入るように見つめている。


 外からではよくわからないが、地図のようなものがチラッと見えた。どこかへ行くまでの道順でも、確認しているのだろうかと思いながら、結太はドアガラスをノックした。

 ハッとしたように顔を上げると、安田が慌てて降りて来て、再び結太の松葉杖を預かり、トランクへと積み込む。


 それから、結太を車に乗せると、自分も乗り込んだのだが、


「申し訳ございません、結太さん。少々気になることがございますので、しばしの間、スマートフォンを確認することを許していただけますか?」


 何やら真剣な顔で訊ねて来た。

 結太はきょとんとしながらも、『ああ……うん。それは、べつに構わねーけど』と返答する。


「けど、珍しいな。ブンさんが、仕事以外のことを優先するなんて。……っと、オレの送迎は、仕事とは別モンか」

「いえ、それは――……。ん?」


 ふいに、安田がスマホの画面を見つめたまま固まった。それから、『これは……。この道順は……』とつぶやいてから、結太を振り返り、


「結太さん、シートベルトをきちんと着用していますか!?」


 真剣な顔で訊ねられ、目をぱちくりしながらうなずくと、


「申し訳ないのですが、本日のリハビリは、お休みしていただくことになるやもしれません。誠に勝手ですが、これから少々、私の仕事にお付き合いいただきます!」



 安田にしては珍しい、強引で勝手な主張だった。

 いきなり、何の説明もせず、『リハビリは、お休みしていただくことになるやも』や、『私の仕事にお付き合いいただきます』とは、どういうことなのだろう?



「ブンさん? どーしたんだよ急に? 仕事に付き合えって……ブンさんの仕事は、龍生の送り迎えだろ?……まあ、今はオレの――ってことに、なんのかもしんねーけど。……でもさ、リハビリ休むことになるかもしんねーってのは、どーゆー――」

「すみません、結太さん! 事態は一刻を争うかもしれませんので、出発いたします!」


「へっ? 出発って、いったいど――っ、うわぁッ!?」


 結太の質問を最後まで聞くことなく、車は急発進した。

 そんなに(あら)っぽい運転をする安田など、今まで見たこともなかった。結太は心底驚いて、ルームミラーに映る安田の姿を、じっと見つめる。


 安田の顔は、緊張しているかのように強張(こわば)っていた。

 いつもの柔和(にゅうわ)な顔つきが、まるで別人のように厳しい。


「ど――……、どーしたってんだよ、ブンさん? いったい、何があったんだ?」


 呆然としながら訊ねる結太に、安田は厳しい顔つきのまま、耳を疑うような言葉を返した。


「もしかしたら……。もしかすると、なのですが。……伊吹様に、危険が迫っている可能性がございます」

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