第7話 二年三組の教室でのランチタイム
昼休みになり、結太と桃花の教室に、龍生と咲耶が揃って入って来た。
結太が退院して来た日から、何故か、四人で昼食――という流れが、当たり前のようになってしまっているのだ。
元はと言えば、桃花と咲耶のランチタイムに、龍生が入って来たのが始まりだった。
注目されるし、桃花との二人きりの時間が邪魔されるとの理由で、最初咲耶は嫌がっていたが、目の前に、宝神特製の三段お重弁当をドドンと置かれ、好きなだけ食べていいと言われた瞬間、コロリと落ちたのだそうだ。
三人が食べている横で、結太が一人で食べているのもおかしいと言うので、結局結太も加わることになったのだが……。
正直、龍生と咲耶のカップルに、豪華お重に、高校生にもなって、男女四人が机を寄せ合ってランチ――という構図は、目立つ要素がテンコ盛りで、恥ずかしいことこの上なかった。
だが、目の前に桃花がいて、ニコニコしながら食事している様子が、真正面から見られるとあって、どうにかこの状態にも耐えているのだった。
そんなこんなで、今日も四人で机を寄せ合い、もぐもぐと弁当(結太は購買のパンだが)を食べていたのだが、咲耶が唐突に切り出した。
「そう言えば、ずっと気になってたんだが……秋月」
「――ん? どうかしたか、咲耶?」
一人だけ、早々に昼食を済ませていた(小食なので、割とすぐに、自分の分を食べ終えてしまうのだ)龍生は、顔を上げ、前の席で重箱弁当を食べている咲耶の顔を、じっと見つめた。
「朝言っていたことって……つまり、どういう意味で『理想的』なんだ?」
「……ん? 『理想的』って?」
龍生は、話にピンと来ていないらしい。きょとんとした顔で首をかしげた。
「だ――っ、だから! 朝言っていたろう? 『理想の身長差は十二~十五センチ』って!」
咲耶がムキになって大声を張り上げたとたん、結太は飲んでいた紙パックの牛乳を吹き出しそうになり、慌てて片手で口元を覆い、桃花は箸から卵焼きをポロっと落とし、ポッと頬を染めた。
まさか、あの話題が蒸し返されるとは、二人とも思っていなかったのだ。
「身長差?……ああ。朝、結太に話したことか」
龍生は軽くうなずいてから、クスッと笑い、少し意地悪な視線を咲耶に向ける。
「へえ。そのことを、ずっと気にしていたのか?……意外だな。咲耶も、『キスする時の理想の身長差』に興味があるのか」
「べっ、べつに、興味があるワケじゃないッ!! 『理想の』って、どーゆー風に理想なのかが、ちょっと気になってしまっただけだ!!」
顔を赤く染め、咲耶はムウっと龍生を睨む。
それでも龍生は涼しい顔で。
「『理想の身長差』とは、〝キスしやすい身長差〟のことらしいぞ。俺も、ちらっと耳にしただけの話だから、実際にしやすいのかどうかまではわからないが」
「キ――ッ、キスしやすいっ!?……じゃあ、それ以外の身長差は、キスしにくいのかっ?」
思わず訊ねてしまった結太だったが、龍生はこれにも動じることなく、
「さあ? 感じ方も、人それぞれだろうからな。どうなんだろうな。この話に、どこまで信憑性があるのかは、俺にもわからない。咲耶は身長何センチだ?」
「え?――ああ、ええと……春の身長測定の時は、百六十八くらいだった……かな?」
「では、俺との身長差は十五センチか。ギリギリだが、理想の身長差だな。――どうだ、咲耶? 俺とのキスは、しやすかったか?」
「ああ。べつに、しにくいとは思わなか――」
「……へっ?」
「……え?」
さらりと交わされた二人の会話に、結太と桃花は目を見開く。
――とたん、自分が何を口走ったかに気付き、咲耶は顔のみならず、全身を一気に赤く染め、
「――っふぁあああああぅッ!?……っち、違――っ! べべべべべつにっ、キスなんかしてなななななななな――っ!!」
目を白黒させながら、どもりまくっている。
結太は呆然としつつ、龍生と咲耶をゆっくりと見比べ、
「おまえら、もう………………キス、したのか?」
恐る恐る訊ねると、龍生は満面の笑みで、
「ああ。もちろ――」
「わあああああッ!! 言うなバカぁああああああーーーーーーーッ!!」
咲耶は龍生に飛び掛かり、彼に向かって両手を伸ばして口元を押さえ、発言を封じた。
……が。
時既に遅し。
教室内の生徒達が一斉に二人を振り返り、
「ええええええええーーーーーーーーッ!?」
ほぼ同時に、驚愕の声を上げた。
「嘘だろマジかよッ!? もうキス済ませてんのかあの二人ッ!?」
「イヤイヤイヤァッ!! 知りたくなかったそんなことぉおおおッ!!」
「くっそぉおおおおッ!! 保科さんとキスとか許せねえッ!! どこまで羨ましい奴なんだ秋月ぃいいいいッ!!」
「酷いわあんまりよッ!! そーゆーことは秘密にしておくのが、ファン達へのせめてもの思いやりってもんでしょぉおおッ!? わざわざ知らせないでよ恥知らずぅうううッ!!」
教室のあちこちから、傷付いたファン達や、野次馬の叫びが響き渡る。
騒然とした中にいても、龍生は動じることなく笑みを浮かべていたが、結太と桃花は、魂が抜け出てしまったかのように真っ白になり、咲耶は恥ずかしさから、『バカバカ』と連呼しながら、龍生の胸元を叩き続けていた。
結局その騒ぎは、昼休みが終了する、ほんの少し前まで続き――。
その日の放課後には、龍生と咲耶が『もうキスを済ませている』という話は、学校中の生徒のみならず、教師達にまで知れ渡ることとなった。




