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第5話 咲耶、眠気を堪えて龍生に朝の挨拶をする

 次の日の朝。

 龍生がダイニングで朝食が運ばれて来るのを待っていると、咲耶が眠そうな顔で入って来た。

 龍生は制服を着ているが、咲耶の方は、家から持って来たらしい大きめのTシャツと、ショートパンツ姿だ。


 Tシャツが、太ももの辺りまであるダボッとしたタイプのものだったので、一瞬、下は何も穿()いていないのかと、龍生はドキリとした。

 ――が、咲耶が大きく伸びをした時に、チラリとショートパンツが覗いたことで、そうでないことがわかり、ホッと息をつく。



「おはよう、咲耶。その様子では、あまり眠れなかったようだね。我が家のベッドは、寝心地が良くなかった?」


 咲耶は首を横に振りながら、龍生の正面の席に腰を下ろした。


「……いや。ベッドも枕も、最高な感触だったが……昨夜はいろいろ考えてしまってな。なかなか寝付けなかったんだ」

「いろいろ?……って、何を?」

「そりゃあ、秋月の――」


 言い掛けて、咲耶はハッと息を呑む。


「俺の?――俺の、いったい何を考えていたって?」


 すかさず龍生に訊ねられ、咲耶は慌てて首を振った。


「いやっ、なんでもない!――嘘うそっ、秋月のことじゃない! 秋月のことなんてこれっぽっちも考えてないっ!! 絶対絶対、考えてなんかいないからなっ!?」


 龍生はきょとんとした後、クスリと笑って、


「ああ、そう。俺のことなど考える(いとま)もないほど、他にたくさん、考えることがあったのか。……で? 恋人のことを放ったらかしにしておいて、いったい、誰のことを考えていたって?」


 テーブルに頬杖(ほおづえ)をつき、龍生は少し意地悪な視線を、咲耶へと送る。

 咲耶は顔を赤くして、


「べ――っ、べつに、放っておいたりなんかしてないだろうっ? それに、他の人のことなんて考えてないっ!! 私は秋月の――っ」

「……ん? 俺の?……『秋月のことなんてこれっぽっちも考えてない』――のではなかったのか?」


「う――っ!……だ、だからそれはっ! あ、秋月のことを考えていた――わけではなくっ、秋月の過去のことを……だな、いろいろと……そのぅ……」


 必死に説明しようとする咲耶の顔を、うっすらと笑みを浮かべながら聞いていた龍生は、『秋月の過去』と咲耶が口走ったところで、『ん?』と眉根を寄せた。


「『秋月の過去』?……どういう意味だ、それは? 俺の過去のことを考えていた――ということか?……過去の、どういったことを?」


 咲耶は一瞬、『しまった』という顔をしてから、目をそらした。


「え……と、だから……あの……。過去と言うか、過去の……いや、過去に……その……」


 その後も、懸命に説明しようとするが、妙に歯切れが悪い。龍生はますます(いぶか)しく思い、眉間にしわを寄せた。

 咲耶はいったい、自分の過去の、何を気にしていると言うのだろう?


「俺の過去に、眠れなくなるほどの気になる点があるなら、正直に話してくれないか? 咲耶に、もう嘘はつきたくないからな。訊かれたことは、全て正直に答えると約束する」


 真剣な顔で言い切る龍生に、咲耶の胸はキュンと高鳴る。

 ここまで言われてしまっては、黙っているわけには行かない。


「……わかった。ちゃんと話す。……私が気になっているのは、秋月が――……いや、もしかして秋月は、過去に付き合っていた人がいるんじゃないかって……そういう、ことだ」

「――は?」


 龍生の眉間のしわが、更に深くなる。

 疑われていると思って、気分を害してしまっただろうかと、咲耶はヒヤリとした。


 しばらく無言で、咲耶をじっと見返していた龍生は、大きなため息をひとつつくと、呆れたような顔つきで言った。


「俺に? 昔付き合っていた人がいたのではないか――だって?……まったく。何故いきなり、そんな疑念を持ち始めたんだか。俺はずっと、咲耶のことだけが好きだったと、前に言わなかったか?」

「そ――っ、……それは聞いた、が……」


「……では、俺の言うことが信じられないと? つまりは、そういうことか?」

「違うッ!! 信じてないわけではないッ!!――だが……」


「…………だが?」


 答えを催促(さいそく)するように、龍生はオウム返しする。

 咲耶は意を決して顔を上げると、龍生の顔をまっすぐ見つめて。


「私が初めて付き合った相手にしては、おまえ、女慣れし過ぎてるんだよっ! 私なんて、いっつもドキドキさせられっぱなしなのに……。おかしーじゃないか! どーしておまえは、私と何をするにしても、冷静でいられるんだっ?」


「……『女慣れし過ぎてる』? 俺が?……そんなことはないと思うが……」

「そんなことあるッ!!」


 咲耶は、そう言って龍生を睨む。


 そんなことを言われても、咲耶が自分の初めての彼女であるというのは、本当のことだ。

 本当のことだが……〝咲耶が初めての彼女である〟ということを、どうやって証明すればいいのかわからない。

 龍生はただただ、困惑してしまった。


「疑われるのは心外だな。……だが俺には、咲耶が初めての彼女だと、信じてもらう方法が思い付かない。咲耶はどうすれば、俺の言うことを信じられるんだ?」

「えっ?……どうすれば、って……」


 今度は、咲耶が困惑する番だった。

 自分でも、どうすれば、龍生のことを心の底から信じられるのか、わからなかったからだ。


 龍生は再びため息をつき、


「何と言われても、咲耶が俺の初めての彼女だ。それは変わらない。しかし……仮に、咲耶の前に付き合っていた人がいたとして、それが何だと言うんだ? 咲耶は、俺の初めての彼女でなければ、付き合えないとでも言うつもりか?」

「え……。ち、違うっ! そんなこと言うつもりはない! 私が初めての彼女じゃなくたって、私は秋月のことが好――っ」


 『好きだ』と言おうとしたとたん、龍生が笑みを浮かべるのが見て取れ、咲耶はハッと口をつぐんだ。

 龍生は満足げな様子で、


「うん。初めての彼女ではなかったとしても、俺が好きだという気持ちは変わらないんだろう?――ならいいじゃないか。俺だって、咲耶の初めての彼氏ではなかったとしても、気持ちは変わらないよ。咲耶のことが大好きだ。付き合いをやめようなどとは、絶対に思わない」


 またしても、恥ずかしいことをさらりと言われてしまった。


 咲耶の顔が赤く染まったところで、タイミング良くドアがノックされ、宝神が朝食を運んで来て――……その話は、そこで終わりとなったのだった。

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