第3話 咲耶、龍生に押し倒され動揺する
「――は!?……なっ、何を言ってるんだ? 『不健康かどうか、確かめてみる気はあるか』――だと?……っど、どーゆーことだそれはっ?」
組み敷かれたままの状態で、咲耶は龍生に言い返す。
「どういうことって、今言ったとおりの意味だよ。咲耶は俺を、〝不健康〟だと思うわけだろう? だが、俺は自分のことを、不健康とは思わない。何故なら――」
そこで龍生は、咲耶の長く艶やかな黒髪を、一房片手ですくい上げ、軽く口づけた。
咲耶はギョッとしたような顔で固まり、みるみるうちに、顔を真っ赤に染め上げる。
龍生は髪から唇を離すと、
「……こうして、俺は常に――君に触れたい、キスしたいと思っているからね。不健康な男は、こんなこと望んだりはしないと思うんだが……咲耶はどう思う?」
訊きながら、龍生は微かに触れる程度に、咲耶の頬に片手を当て、二~三度優しく撫でた。
そのくすぐったさに、咲耶はギュッと目を閉じる。――と同時に、心臓がバクバクし始めた。
「……ど、どう思う――って、知るかっ、そんなこと!……く、口だけなら、いくらでも言えるしっ……。それに、不健康な奴だって、思うことくらいはあるんじゃないのかっ?」
今の言葉で、龍生のS心にスイッチが入った。
だが、恋人にいつの間にか押し倒され、プチパニックを起こしてしまっている咲耶は、それに気付かない。
「へえ……。『不健康な奴だって、思うことくらいはある』、か……。なら、不健康ではないことを証明するには、思うこと以上のことを、してみせないといけないかな。……ね、咲耶? 君が言いたいのは、そういうことだろう?」
後半の台詞は、まるで、誘うようなささやき声で伝えられた。
再びするりと、咲耶の頬を一撫ですると、龍生は魅惑的に微笑む。
咲耶の心臓は、もはやバクバクどころではなく、今にも体を突き破り、飛び出して来てしまうのではないかと心配になるほど、体の内で暴れまくっていた。
いつもの彼女であれば、『ふざけるなバカヤロウ! さっさとそこをどけ!』とでも言って、咲耶の体を囲うように置かれている二本の邪魔な腕を、噛み付いてでも、どかそうとしているだろう。
しかし、とても高校生とは思えない、妙な色気をまとう龍生の雰囲気に、咲耶はすっかり呑まれてしまっていた。もはや、身動きする余裕すらない。
「わた――っ、……わ、わたっ、私の言いたいことって何だっ? どっ、どーゆーことだっ? いったい、何が言ーたいんだっ!?」
どうにか言葉を返すが、自分でも何を言っているのかわからないくらい、咲耶は動揺していた。
一刻も早く、この場から逃げ出したかったが、どうしても体が動かない。動かせない。
それとは逆に、目の前で、いっぱいいっぱいになって行く咲耶を見ているうちに、龍生はますます余裕が出て来た。完全に主導権を握れていると、自覚出来たからだろうか。
龍生の片手は、咲耶の頬から滑るように下方へと移り、顎の下辺りで止まった。人差し指で顎を支えるようにすると、親指で、咲耶の下唇の形を確かめるように、左から右になぞる。
「――っ」
くすぐったさに、咲耶はとっさに目をつむり、キュッと唇を結ぶ。
龍生は左肘をベッドにつき、咲耶の右耳に顔を近付けて、再び誘うようにささやいた。
「思うこと以上のこと――。つまり、実際にしてみせる……ってことだよ。思うだけでは不健康だというなら、それしかないだろう?」
「じ……、実際に――って、な……何を……?」
息苦しいほどの胸の高鳴りを意識しながら、咲耶は訊ねる。
そして訊ねながら、己の内に、不安と同じくらいの期待が混ざっていることに気付き、愕然とした。
(……期待……? 期待って……私は、いったい、何を……? 何を、期待して……?)
戸惑いながらも、咲耶の全身は燃えるように熱くなる。
不安、期待、戸惑い。そして、恐れや好奇心、恥じらい――。
様々な想いが、体中を駆け巡っているような、生まれて初めての感覚に、咲耶はどうしていいのかわからなくなった。
わからない。
わからないから……救いを、答えを求めるように、龍生をじっと見返した。
その視線の艶めかしさに、龍生はハッと息を呑む。
咲耶から、これほどまでに〝女〟を感じたことは、今までなかったかもしれない。
そうすると不思議なもので、あんなに余裕綽々だったはずの龍生が、とたんにドギマギし始めた。
「秋、月……」
熱く潤んだ瞳で、咲耶は龍生を見上げる。
声にも、急に色っぽさが加わった気がして――……。
「――っ!」
一気に顔が熱くなり、龍生は慌てて、咲耶から体をどけた。
「……秋月……?」
急に視界から龍生が消え、咲耶は戸惑いの中、彼の名を呼ぶ。
返事がないことに不安を覚え、そろそろと体を起こすと、龍生はベッドに腰掛けたまま、両腕で頭を抱え、体を丸めていた。
「秋月?……どう、したんだ?……具合でも悪いのか?」
恐る恐る訊ねてみたが、じっとしたまま、体を起こそうともしない。
やはり、具合が悪くなってしまったのだろうかと、咲耶が背中をさすろうと片手を伸ばしたとたん、龍生は素早く体を起こした。
ビクッとして、咲耶が手を引っ込めると、龍生はゆっくり振り向いて、
「すまない、咲耶。……少々、悪ふざけが過ぎた。君に、あんな顔をさせるつもりはなかったんだが……」
何故か、申し訳なさそうに睫毛を伏せる。
咲耶は言われた意味がわからず、
「『あんな顔』……?」
つぶやいて、小首をかしげた。
龍生は取り繕うようにして笑うと、立ち上がり、咲耶に向かって片手を伸ばす。
「悪いが、これから風呂に入りたいんだ。話し相手なら、また後でなるから……そろそろ、部屋に戻ってくれないか? 咲耶も、今日は疲れたろう? 風呂にでも入って、ゆっくりした方がいいんじゃないか?」
また、急に態度を変えて来た龍生に、スッキリしないものを感じたものの、『風呂に入りたい』と言われてしまっては、居座るわけにも行かない。
咲耶はそっと龍生の手を取り、『わかった。そうする』と返事したのだった。




