第1話 宝神、龍生と咲耶に事の顛末を語る
宝神の言うことによれば、鵲と東雲は、龍生と咲耶を迎えるため、少し前に出て行ったのだそうだ。
だが、いつまで経っても戻って来ないので、様子を見に外へ出てみると、物陰に隠れ、息をひそめて何かをじっと見つめている、二人を発見したと言う。
「コソコソと、何を見ているのかと思って、そうっと近付いてみましたらば、二人の視線の先には、良い雰囲気の坊ちゃまと保科様がいらっしゃるじゃありませんか。なるほどと思いましたのですけれど、やはり、覗きは良くないと思いましてね。声を掛けたんですよ」
宝神は、龍生と咲耶にニッコリと笑い掛ける。
「結果的に、お二人のお邪魔をしてしまいましたわねぇ。申し訳ございません。母屋に逃げて行ってしまった二人に、じっくり見つめられながらでも、熱い抱擁はお続けになりたかったでしょうか? だとしましたら、気の利かない使用人で、本当に申し訳ないことでござ――」
「お福!!……もういい。それ以上、そのことは口にするな」
頬を赤らめ、気まずく目をそらしながら、龍生が話をさえぎると、宝神は『あら。さようでございますか?』と応じ、更に続けて、
「それでは私は、夕食の用意をすることにいたしましょうか。お二人とも、もう少々お待ちくださいましね」
と言い置いて、リビングから出て行った。
龍生は前屈みでソファに腰掛け、ぐったりとしていた。
咲耶もソファに浅く腰掛け、顔を隠すようにして、テーブルに突っ伏している。
せっかく良い雰囲気だったのに、またもあの二人に、台無しにされてしまった。
咲耶は照れ屋だから、あんな風に、自分の方から抱きついて来てくれることなど、この先あるかどうかもわからないのにと、龍生は少々苛立っていた。
咲耶はと言うと、この間も今日も、二度もあの二人に、恥ずかしいところを見られてしまった。もう、二人の顔をまともに見られる気がしないと、自分から抱きついてしまったことを、ひたすら後悔していた。
しかし、鵲と東雲の名誉のために、一応説明しておくが、最初は本当に、二人を迎えに来ただけだったのだ。
ただ、植込みの外側を歩いていたので、こちらに早足で向かって来る、龍生と咲耶を見つけた時も、二人に気付いてもらえなかった。
慌てて方向転換し、後を追ったのだが、龍生が咲耶を後ろから抱き締めているのに出くわし、声が掛けにくくなってしまい……。
さて、どうしたものかと、植込みに隠れて見守っていると、どんどん甘い展開になって行くので、ますます出て行けなくなってしまった。
仕方ない。こうなったら、せめて最後まで見届けてやろう――と決意したところ、宝神に発見され、声を掛けられて逃げ出した……というのが、事の顛末だった。
龍生も咲耶も、長い間沈黙していた。
お互いに、声を掛けようとはしたが、なんとなく気まずくて、それすら出来なくなっていたのだ。
そこに再び宝神が登場し、夕食の支度が整ったので、ダイニングに移動してくださいと告げられ、二人はのろのろと席を立った。
早々に夕食を済ませた後、咲耶は宝神に『それでは保科様、客間へ御案内致しますので、付いていらしてください』と言われ、ダイニングを出て行った。
一人残された龍生は、ここにいても仕方がないと自室へと移り、風呂に入るため、バスタブに湯を張った。
張り終わるまでの間、何をしていようかと考えながら、学ランを脱ぎ、ハンガーに掛けると、ベッドに体を投げ出すように横たわる。
(……ハァ。結局、あれから咲耶とは話せないまま、一日が終わってしまったな。客間に様子でも見に行きたいが……夜間に俺の方から訪ねて行くと、警戒させてしまうかもしれない。下心があると思われては、この先、咲耶と接し辛くなるし……。残念だが、今日は我慢するしかないか)
龍生は深々とため息をつき、しばらくの間、静かに目を閉じていた。
こうしていると、数分と経たぬうちに眠り込んでしまいそうだ。――それほどに疲れていた。
五十嵐が、『秋月龍生の恋人が、誰なのか知っているか?』などと訊き回っていると知った時は、背筋が凍る思いがした。
やはり、そうだったのかと。咲耶は本当に狙われていたのだと、ゾッとした。
これはいよいよ危ないと、すぐさま龍之助を説得し、五十嵐の尻尾を掴んで大人しくさせるまでは、咲耶を秋月邸で預かることに同意させたのだが……我ながら、少々強引過ぎただろうか。
咲耶の母親に事情を説明し、しばらくの間、咲耶を預かることに同意してもらえるまでは、結構掛かるだろうと覚悟して行ったのだが、それは意外と簡単だった。
時子は龍生のことを、心から信頼してくれているようで、『秋月くんが、ずっと咲耶の側についていてくれるのなら、安心ね』と、すんなり了承してくれたのだ。
一方、思いのほか手間取ったのが、咲耶の弟達だった。
正直に、『君達のお姉さんは、悪い奴に狙われているんだ』などと言っては、余計な心配を掛けるだけだと思ったので、〝テストが近いから、しばらくの間、一緒に勉強するため〟に、龍生の家に泊まり込むのだと、ものすごく無理のある説明になってしまったら、案の定、
「えーっ? テストがあるからって、なんで他の家にとまったりすんのー? とまらねーと、テストベンキョーできねーのかよ?」
「この前、リョコーに行ったばかりなのに……またおとまりするの? おねえちゃんに会えなくなるの、イヤだよ」
建には不満を言われ、倭には、涙目で見上げられ……なだめすかすのに、結構時間を食ってしまった。
(あの双子の兄弟、相当なシスコンだな)
ぼうっと天井を見上げながら、そんなことを考えていた時だった。
数回、ドアをノックする音がして、龍生はハッとし、慌ててベッドから起き上がった。




