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第16話 龍生と咲耶、共に当主の元へ挨拶に向かう

 龍生の家に着くと、咲耶はまず、母屋へと連れて行かれた。

 居間には龍之助がいて、しばらく世話になる(むね)を伝え、『よろしくお願いします』と頭を下げると、笑ってうなずいてくれた。


 様子からして、事情は全て知っているようだ。

 咲耶を家に泊めることは、龍生が勝手に決めたことで、秋月家当主である龍之助は、全く知らなかったりしたらどうしよう?――などと、内心ヒヤヒヤしていたので、咲耶はホッと胸を撫で下ろした。


 さすがの龍生も、そこまで無茶ではなかったらしい。

 いつも突然、無茶苦茶な行動を取る恋人のことを、今一つ信じ切れずにいる、咲耶なのだった。



 夕食は、まだ済ませていなかったので、離れで龍生と共に取ることになった。

 いきなり母屋で、龍之助も(まじ)えて――というのでは緊張するだろうと、気を遣ってくれたようだ。


 確かに、いかに龍之助が、見掛けに寄らず気さくな性格の老人であるとは言え、今は龍生の親代わりでもある彼と、共に食事を……というのは、勘弁(かんべん)願いたい気がする。


 龍之助が嫌だということではない。

 ただ、行儀作法をチェックされてしまうのではないかと言う不安はもちろんのこと、大食いである咲耶の食べっぷりを、まだ知らないであろう龍之助の前で披露(ひろう)するのは、いささかためらわれた。


 普段は、誰に見られようがまるで気にしない咲耶だが、さすがに、恋人の祖父の前でとなると、いろいろと考えてしまうようだ。



 龍之助への挨拶を終え、離れへ向かうために表へ出ると、龍生は咲耶に、さりげなく手を差し出して来た。


「ん?……なんだ、この手は?」


 訝しげに、咲耶が首をかしげる。


「手を差し出すと言ったら、決まっているだろう?――ほら、早く」


 龍生は詳しいことは言わず、察しろと言う風に、更に前へと片手を差し出す。

 咲耶はしばし考えてから、ハッと何かに思い当たり、一気に顔を赤くした。


「い、いいっ! そーゆーことはしなくていーからっ!」

「……そーゆーこと? 咲耶は、この手をどういう意味だと思っているんだ?」


「だっ、だから……その……あ、あれだろ?……て……手を繋――」

「荷物、重いだろうから俺が持つよ。……という意味だが?」


「え。……ええッ!?」


 咲耶の顔が、更に真っ赤に染まる。

 てっきり、『手を繋ごう』という意味なのかと思ったら、『荷物持つよ』という意味だったとは!


「う……うぅ……」


 早とちりした自分が恥ずかしく、咲耶は目をギュッとつむり、うつむいてしまった。

 龍生は、咲耶の顔を覗き込みながら、


「今、『てをつな』――と言ったように聞こえたが……。もしかして、『手を繋ごう』という意味だと思った?」


 からかうように訊ねて、クスリと笑う。

 うつむいたまま顔を(そむ)けている咲耶は、


「ちっ、違うッ!! 私はべつに、そんなこと思ってないッ!! 勘違いするなバカ者ッ!!」


 目をつむったまま言い放つと、先に立って歩き出した。

 龍生は再びクスッと笑うと、ゆっくりとした足取りで、咲耶の後を追う。


「咲耶、暗くなって来ているから、足元に気を付けて。もう少し暗くならないと、外灯は点かないからね。この時間帯が、一番危ないんだ。この前も、用事を済ませるために走っていた鵲が、足を(すべ)らせて、転んでしまったことがあった。……まあ、鵲は体が丈夫だから、特に怪我などはしなかったが。咲耶は落ち着いているように見えて、そそっかしいところもあるから、心配だよ」


 龍生の話を後ろに聞きながら、咲耶は振り返りもせず、ズンズンと歩いて行く。

 勘違いしてしまったことが、よほど恥ずかしかったのだろう。走っているかのようなスピードで歩き、龍生との距離を、大きく取ろうとしている。



(やれやれ。少しからかい過ぎたか。……ダメだな。咲耶の反応が、いつも最高に可愛いものだから、ついつい、余計なことを言ったりやったりしてしまう。(ひか)えなければと、思ってはいるんだが……)



 どんどん小さくなる、咲耶の後姿。

 同じ敷地内とは言え、ここまで離されるのは寂しいなと、龍生ものんびり歩くのはやめ、早歩きへと移行した。


「咲耶! そんなに急いで歩くと、危ないと言っただろう? いい加減、速度を(ゆる)めて、一緒に歩こう。――もう、からかったりしないから」



(……って、やっぱりまた、からかってたのかーーーーーっ!?)



 後ろから追って来る龍生の発した言葉に、咲耶はカッとなって、速度を緩めるどころか、ついには走り出してしまった。


「あっ、咲耶っ?――ちょっと待って、咲耶っ!!」


 慌てて龍生も走り出すが、もともと、かなり離されてしまっていたので、すぐには追いつけない。スピードを上げ、本気で走った。


 結局、純和風の母屋の庭園を通り過ぎ、離れのイングリッシュガーデンの中央辺りまで来たところで、咲耶の腕を掴み、どさくさに(まぎ)れて、後ろから抱き締める。


「ちょ…っ!――な、何をするっ? 離せッ!!」


 ジタバタと、咲耶が腕の中で暴れる。

 龍生はそれを押さえつけるように、更に強く抱き締め、耳元で、『静かにしてくれたら、解放してあげる』とささやいた。


「――っ!」


 咲耶はピタリと動きを止める。

 龍生は、『妙に素直だな』と思いながら、徐々に腕の力を緩めて行き、咲耶の様子を窺った。


「ほらっ、静かにしてやったぞ! 早く離れろッ!!」


 正直、このまま抱き締めていたかったが、約束を破ると、今度こそ、本格的に怒らせてしまうかもしれない。

 名残惜(ながりお)しく感じながらも、龍生はそっと腕を(ほど)いた。


「咲耶。……怒っているのか?」


 龍生の問いに、咲耶は一拍(いっぱく)の間を置いた後、小さく首を横に振った。


「……べつに、怒ってはいない。……ただ――」


 咲耶は龍生と顔を合わせないようにして、体を半回転させると、荷物をドサッと地面に落とした。

 それから意外にも、自分の方から、龍生の腰に手を回し、ギュッと抱きつく。


「さ――……咲耶?」


 驚いたような、戸惑っているような、龍生の声。

 様々な花の香りが(ただよ)う、薄暗いイングリッシュガーデンの中、咲耶自身も、(おのれ)の行動に驚いていた。



(わっ、私は何をやってるんだっ? いきなり抱きついたりして……この後いったい、どーすればいーんだッ!?)



 ドクンドクンという、心臓の音が聞こえる。

 この、大きく響く音は、自分の心臓の音か?……それとも……。


 むせ返るような、花と新緑の香り。

 うるさいくらいに鳴り続ける、心臓の音。


 そのどちらもが、頭の中で増幅して行き、咲耶は、訳がわからなくなってしまった。



「咲耶……」


 ささやきと共に、龍生の腕が、咲耶の背に回される。

 ビクッとして顔を上げると、龍生の熱い視線とぶつかった。


「……秋……月……」


 二人は吸い寄せられるように、お互いの顔を近付けて行った。

 あと僅かで、唇が触れると感じた瞬間。


「なーにやってんだい、(じゅん)ちゃんに虎ちゃん?――いい年した大人が覗きとは、感心しないねぇ」


 宝神の声がすぐ近くで響き、龍生と咲耶は、飛び退(すさ)るように体を離し、声のした方へ目をやった。


 植込みの向こうに、宝神の上半身が見える。

 その前には、体を丸めている大男二名の姿が、僅かに覗いていた。


「……おまえ達……また……。……フッ。そうか。どうしてもこの俺を、怒らせたいと言うんだな……?」


 龍生の背後から、ゆらゆらと、どす黒いオーラが立ち上って行く。

 それを察した大男二名――鵲と東雲は、


「うわぁああああッ!! もぉおーーーっしわけございませーーーんっ!! もう二度と、こんなことはいたしませんので、どぉおーーーかお許しくださーーーーーいッ!!」


 と叫ぶと、脱兎(だっと)のごとく、母屋の方へと逃げて行った。

もはやお約束の従者2名の覗き見……が出たところで、第13章は終了となります。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

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