第15話 咲耶、龍生の突然の来訪に慌てふためく
咲耶が自室のベッドでゴロゴロしていると、玄関のチャイムが鳴った。
母の時子の『はーい』という声が聞こえ、パタパタとスリッパで駆けて行く音がする。
そして再び、時子の声がしたとたん、咲耶は『ん?』と、ベッドから体を起こした。
(……今、『あら、秋月くん』とかって言ってなかったか?……え、なんでこんな時間に秋月が? 駅で別れてから、まだ一時間も経っていないと思うんだが……。それとも、聞き違いか?)
そんなことを思いながら、耳を澄ませていると、
「えっ?――っちょ、ちょっと待って秋月くん! いきなり過ぎて、話が全然見えないんだけどっ?……ねえ、ちょっとっ!?」
時子の焦ったような声が聞こえ、『なんだなんだ? いったい、下では何が起こってるんだ?』と、咲耶にも焦りが伝染し、素早くベッドから立ち上がった。
すると、突然ドアが開き、
「咲耶、迎えに来たぞ! 今すぐ俺の家に行こう! 数日泊まるつもりで、荷物をまとめてくれ!」
などと言い、龍生が部屋に入って来た。
「えっ、秋月!?――っな、なんなんだ突然っ!? どーして私の部屋に、勝手に入って来るんだっ!? 私は『入っていい』なんて、一言も言ってないぞッ!?」
恋人の抜き打ちでの訪問に、咲耶は慌てふためく。
龍生は両手を彼女の肩に置くと、
「そんなことを気にしている場合ではないんだ! 早く荷物をまとめてくれ! 旅行用のバッグはどこだ? 俺も荷物を詰めるのを手伝ってやるから、さあ、早くッ!!」
混乱して目を瞬かせている咲耶に、ものすごく真剣な表情で迫って来る。
「え? えっ? なんだなんだ? いったいどーゆーことなんだ?……旅行バッグ? 荷物をまとめる? 秋月の家に……ってちょっと待て!! どどどどっ、どーして私が秋月の家にッ!?」
「決まっている! 狙われているからだ! やはり狙われていたんだよ、咲耶は!」
「へっ? 狙われて……って――……ああ、五十嵐とかいう奴にか?」
「そうだ! それがハッキリしたんだ! だから君は、今日から俺の家に泊まる」
「……はっ!? 泊まる!?――って、そんなこと勝手に決めるなよ! どーしてそーなるんだっ!?」
「どうしてって、理由なら今言っただろう? 君が狙われていることが、ハッキリしたからだ」
「それはわかった! わかった……が、それでどーして、おまえの家に泊まるってことになるんだよっ?」
「何故って、俺の家の方がセキュリティがしっかりしていて、安全だからだ。失礼だということを承知の上で言わせてもらうが、この家のセキュリティは甘過ぎる! 今のままでは、空き巣だろうがストーカーだろうが、簡単に侵入出来てしまうぞ?」
「な――っ!……そ、そんなことないだろうっ? おまえの家は普通じゃないから、必要以上に守りが強固だってだけじゃないか! うちは金四郎っていう番犬もいてくれるし、母も買い物の時以外は、一日中家にいるから、何の問題もな――」
「問題など、あるに決まっているだろう!? 日中、人がいようがいまいが関係ない! この家になら、窓さえ壊せば、誰だって入れてしまうんだぞ!? 狙われているとわかった今、危険を回避するには、セキュリティが強固な俺の家に来るのが一番安全なんだ!――わかったか、咲耶? わかったなら、早く連泊する準備をしてくれ!」
「……ぐ、ぬぅぅ~~~……」
咲耶は言い返す言葉が見つからず、詰まってしまった。
だが、セキュリティが甘いと言われても、一般家庭のセキュリティなど、そこまで凝ったことは出来ないのだから、仕方あるまい。
秋月家のような、豪邸に住むお金持ちなら、いくらでもセキュリティ対策が出来るのだろうが……。
「咲耶ッ!――聞いているのか? 早く荷物を――っ」
「わかったっ!! わかったから、ちょっと待ってくれ! 連泊する用意をしろと急に言われても、そんなに簡単に出来るわけがないだろう!?」
咲耶の言葉に、それはそうかと龍生も納得し、口をつぐんでうなずいた。
咲耶は龍生に、『どこか適当なところに座って、待っていてくれ』と告げ、渋々ながら、旅行用の大きめのバッグを、クローゼットから取り出した。
不本意だが、ここは言う通りにしておくしかあるまい。
嫌だと言っても、簡単に引いてくれる男ではないことは、咲耶もとっくに承知している。
咲耶はベッドの上にバックを置き、まずは、何を詰めるべきかと考えた。
真っ先に浮かんだのは、下着類だが……。
咲耶はちらりと、下着などが入っているチェストを見た。
チェストの横には勉強机があり、龍生は今、そこの椅子に座っている。
チェストの引き出しを開ければ、当然、中の下着が、龍生の目に晒されることになる。――それだけは絶対に避けなくては!
「あ……秋月。少しの間、そこではなく、こっちのベッドに座っていてくれないか?」
「え?……それはべつに構わないが……。『適当なところに座っていてくれ』と言ったのは君だろう? ここではマズいのか?」
「う……っ。……ま、マズいと言うか……その……。とっ、とにかく、こっちのベッドに座っててくれってばッ!!」
真っ赤になって言い返す咲耶に、龍生はピンと来た。
連泊する準備をするとなると、誰しもがまず、下着類のことを思い浮かべる。
今、龍生が座っている勉強机の隣にある家具が、何であるかを考えれば、咲耶が赤くなっている理由は……。
「ああ、なるほど。ここに下着が仕舞ってあるのか。それを俺に見られたくないから、場所を移動しろ――と、そういう訳なんだろう?」
さらっと図星を突かれ、咲耶の顔はますます紅潮した。
どうしてこの男は、恥ずかしいことを、わざわざ口にするのだろう?
また、人をからかって遊んでいるのだろうか?
咲耶は、内心ムカムカしつつ叫んだ。
「それがわかってるなら、さっさと移動しろッ、この大うつけがーーーーーッ!!」




