第14話 龍生、祖父からの情報に落胆する
龍之助から聞いた話には、本当に大した情報はなかった。
わかったことは、仁が龍之助に、
「十年ぶりに父親から連絡が来たのですが、会いたくなかったので、無視をしていたんです。すると事務所の方に、『お前がその気なら、こちらにも考えがある。おまえが冷たくなったのは、十年前からだからな。こうなったら、積年の恨みを晴らしてやる』というような内容の手紙が届きまして……。『十年前』というのは、当然、父が引き起こした誘拐事件のことを指しているのでしょう。しかし、その後の『恨みを晴らす』というのが、いったい誰に対してなのかが、ハッキリしないのです。よもや、秋月家に対してではないだろうと思いたいのですが……。父のことですから、逆恨みと言うことも充分あり得ます」
ということを話した後、『私も、父のことはよく見張っておきますが、秋月様も、どうかお気をつけください』と注意を促し、『またしても、ご迷惑をお掛けすることになってしまい、誠に申し訳ございません』と詫びて、帰って行ったという。
それから、ある者(これはたぶん、堤のことだろうが)に調べさせたところ、五十嵐信吾が、最近、質の悪そうな若者に声を掛けまくっている――ということがわかったそうだ。
「それでは、五十嵐が、十年前の事件のことを逆恨みして、何かしようとしている――ということしか、まだわかっていないのですね?」
内心がっかりしつつ龍生が訊ねると、龍之助は渋い顔をしてうなずいた。
「ああ、そうだ。複数の者に調べさせてはいるのだが、なかなか尻尾を出さん。信吾は大馬鹿者ではあるが、臆病で小心者でもあるからな。用心深いのだ。……しかし、若者に声を掛けまくっているというところが、気に入らんな。あやつはまた懲りもせず、自身の手は一切汚さず、他者を裏で操ることで、何かしら仕出かそうとしておるのだろう。まったく、相も変わらず卑怯な奴よ。父親とは似ても似つかん。母親にも似ておらんがな。……まっこと人間というものは、血の繋がりだけでは計れんものよ」
龍之助が言う、『父親とは似ても似つかん』の〝父親〟とは、五十嵐忠司のことだ。
忠司はヤクザを生業としていた訳だが、現在で言うところのヤクザとはかなり違い、何よりも〝任侠〟の精神を重んじていた男だった。
任侠とは何か?
辞書を引いてみると、〝弱い者を助け強い者をくじき、義のためならば命も惜しまないといった気性に富むこと。おとこ気〟とある。
それに対し、ヤクザとは何か?
同じく辞書を引いてみると、〝三枚ガルタの賭博で、八九三の三枚の組み合わせで最悪の手となるところから、〈一〉役に立たないこと。価値のないこと。また、そのものや、そのさま。〈二〉ばくち打ち・暴力団員など、正業に就かず、法に背くなどして暮らす者の総称〟とある。
今となっては、ヤクザも任侠も、同じ意味のように捉えている者達も少なくないが、本来は、全く違う意味の言葉なのだ。
それでも、昔のヤクザと呼ばれる者達には、共通して、〝素人さん(一般人)には手を出さない〟などのルールがあった。
手を出すどころか、本来は、困っている人や苦しんでいる人のために体を張るのが、任侠道を貫く者達であったはずなのだが……。
いつ頃からか、素人に覚せい剤などを売ったり、法外な高金利で金の貸付けをしたり、詐欺グループをまとめるなどして素人を騙し、お金を巻き上げる――というような、任侠の精神に反することばかりする団体へと、成り果ててしまった。
だが、忠司はあくまで、〝任侠道〟を貫いた男だった。
そういう意味では、今の世のヤクザとは、全く違う存在だったのだ――……と、龍生は幼い頃から、龍之助に繰り返し教えられて来た。
龍之助は、昔から忠司と親しく、その人柄にも惚れ込んでいたので、父親とは全く違った性質の息子、信吾が、余計嘆かわしくて堪らないのだろう。
それでも、その忠司から、『息子のこと、よろしく頼む』と、死の間際に言われてしまったので、どんなに呆れ果てようとも、放ってはおけないのだ。
「男と男の約束だからな」
五十嵐の話が出るたびに、龍之助は、そう言って苦笑するのだった。
「五十嵐が、秋月の者達に逆恨みしている――というのはわかりました。しかし、それで何故、『最近、保科さんから、何か相談されたことはないか?』という話になるのです? そこで咲耶の名を出されたりしたから、私は、咲耶が直接狙われているのではないかと、心配になってしまったのですよ? ですが、今の話を聞いた限りでは、五十嵐は、咲耶のことなど一言も話してはいない。それなのに何故、お祖父様は、咲耶が狙われているとお思いになられたのです?」
龍之助は『ふむ』と言ったきり、口をつぐんでしまったが、しばらくしてから、龍生をまっすぐに見つめた。
「五十嵐が、『質の悪そうな若者に声を掛けまくっている』という話をしただろう?……それとはべつに、あやつはおまえの学校の生徒達にも、こう訊いて回っていたそうなのだ。『秋月龍生の恋人が、誰なのか知っているか?』――とな」
瞬間、龍生の全身が総毛立った。




